衝動 3
あとたった数歩の距離なのに、それ以上近付くことは出来なかった。
彼女は何かつまみを探しに行くと言って階段を下りて行ってしまった。
「ライトさん!あそこに置いてあるジャンクパーツいじっても良いですか?」
「ああ、少しなら構わないが……、一応売り物だからな。」
「良さそうなのには手を付けませんよ。工具ってどこかにありますよね。」
「隣のコントロールルームの棚の下の方にあったはずだ。」
「わかりました。」
隣というと…、カウンターで隔てられたキッチン側じゃなくて、廊下を挟んだ向かい側のことかな。
居住に使っている部屋は廊下とは壁で仕切られていないけど、こっちは……ああ、中に入ると沢山のモニターパネルや機器類がある。廊下から入って左手が一面が棚だ。あれ?正面にあるのは僕の靴だな。ああ、そうか、表から入ってきてこの部屋を迂回してあのロッカールームみたいなとこに繋がってたんだな。使ってないって言ってたけど、そこの扉からも玄関に出られるからこっちからも靴や荷物が取り出せるようになってるんだ。なるほどね。
工具箱は、最初に下段の棚を開けた所に入っていた。
しばらくするとライトさんが廊下の奥から現れた。
「あれっ、奥にも階段があるんですか。」
「奥にもう一つと、中央にエレベーターがある。お決まりの保存食だぞ。」
「もう慣れっこです。」
まあちょっと手料理を期待しないでもないけど、いまはそんなの無理だし。
ちなみに、ああいう服も着るんだなあと思って聞いてみたら、単にサッズさんがあの2人の為に用意したのを、サイズが合わなそうだからライトさんが着てるってだけの話だった。
「お前も少し雰囲気変わったな。」
「ああ、もう今までの服は小さいし、ちょっと大人っぽくしてみようかなって。」
「なるほど。思春期らしいな。」
それはつまり、子供っぽい発想って思われてるんですよね。はぁ。
あ、いま少し音を拾った気がする。
ちょっと良いムードの曲だ。ぴったりじゃないか。
「うん?何だそれは。」
「鉱石ラジオです。」
「鉱石ラジオ?」
ライトさんは最初は眉間にしわを寄せてたものの、僕の説明を聞きながらとても穏やかな表情を浮かべてくれた。
元々男性的な顔立ちで少しきつい印象を受けるけど、こういう時の彼女はすごく女性らしくなると思う。厚めの唇も色っぽいし。って、すぐそっちの方に考えが行っちゃうんだよな。
「こういう、特に力のあるクリスタルに頼らなくても、空気中にある電気を拾ったり、なんてことのない石の性質を利用したり、みんな結構楽しんでるんですよ。」
「人間はしぶといな。たくましいのか。ファルシに見込まれるわけだ。」
そうだな。以前の僕なら、こんな事くだらないと思っただろう。僕も少しはたくましくなった……と思う。
「さて、開けるぞ。本当に久し振りだな。」
ドキッとした。この人、酔うとどうなるんだろう。そこまでは飲まないか。
一緒に飲めればいいのに。
「うん、美味い。」
「良かった。」
食事も美味しかった。しばらく非常用の保存食ばかり食べていたから、少し手を加えただけといってもとても新鮮だった。作ったのがレブロさんだというのが納得してがっかりというか。
「そういえば、あのベヒーモスまだそこをうろついてるんですね。」
「あれか。あいつは番犬代わりに……。」
「あははっ、そう言うと思ってましたよ。」
「まるで私のことが何でも分かるというような口ぶりだな。」
急にあの時のことを思い出した。
何でも分かるわけじゃないけど、いやむしろもっともっと知りたい。この人のいろんな事を。
そういえば……。
「軍に戻る話は無かったんですか?」
気になってた事を聞いてみた。
「……仕方なかったとはいえ身内を斬りまくったからな。」
「身内ってPSICOMですか?でも……。」
「やつらは別に悪の組織ってわけじゃないぞ。彼らには彼らの信念があったろう。」
「気に……してないのかと思ってました。」
「その時はな。その場では一々気にしていられない。それだけだ。」
そうだ。それでは生き残れないと言っていた。
「それに戻ったとしても腫れ物扱いに決まってるからな。だったら最初からお客さん扱いの下請け業者でいい。ま、たまに調査なんかに付いて行ったり、あのチョコボの飼育も一応委託ということになってるんだぞ。まだ3羽しかいないが、殖やす事が出来たら結構な戦力だ。」
腫れ物か……、僕も学校ではかなり微妙な扱いだ。ただ授業の形態が以前と全く違うから、そんなに気にならない。
もしかしたら、寂しさよりも人に会いたくない気持ちの方が強くて、ここで一人で暮らしているのかな。
僕が来て良かったんだろうか。
今は割と楽しそうにしているけど。
グラスに口を付ける。
ああ、僕はあれが欲しくて……。
「それ、美味しいんですか?」
「うん?美味いが大人の味だぞ。」
大人の味……。
「ちょっと、一口だけ味見させてください。」
「お子様はダメに決まってるだろ。」
僕が味わいたいのは……。
「ほんのちょっとでいいですから。」
もちろん嘘だ。
「ちょっと舐めるだけ。」
あのグラスを奪って。
「ずるいですよ。大人って。」
ずるいのは僕だ。
立ち上がって、テーブルを回り込んで近付いた。
彼女は逃げるように体を捻ってグラスを口に近づけた。
そこを狙って、彼女の手首を掴みグラスを引き剥がして強引に僕の口を押し付けた。
「う‥‥んんっ‥」
苦い……っていうか辛い?お酒の味が残ってる。
「‥ウェホッ‥」
口の中に彼女の呼気が勢いよく入ってきた。
むせさせてしまったようだ。止めた方がいいかとも思ったけれど、もう自分で自分を抑えられない。
彼女は咳き込み続けている。
「もうこれで‥‥ん‥ェホッ‥‥約束は果たし‥‥」
「そんなの‥‥止められるわけ無いって事くらい‥‥」
わかるでしょ?
これ以上やったら僕を嫌うと言われても止められそうにない。
こうなる事くらい分かってたんでしょう?
わかってて僕を家へ入れたんでしょ。
ずっと掴み続けていた手首を引っ張り上げて、彼女を無理やり立ち上がらせ、後ろ側のベッドに投げ上げるように引きずり倒した。
僕の力じゃ、抱き上げるのは無理だったから。
彼女はベッドの上で咳を押さえ込もうとしている。
すんなりいきすぎる。
あの時も思ったけど、あなたひょっとして僕を誘ってるんじゃないですか。
それとも僕のただの願望に過ぎないのか。
僕はわざと……。
少しゆっくりベッドに上がった。