衝動
一時帰宅が許されて、機能停止したコクーンの内部へ足を踏み入れる日がやってきた。
あの後、人々はとりあえず雨風の凌げるテージンタワーで避難生活を始め、コクーン再生の道を模索したが、何しろ人も物も損失が激しすぎて先行きの見えない再生案は見切りをつけられた。
しかたなくパルスの大地への本格的な移植のために、コクーンから使えそうな物は一切合財運び出すことになった。
飛空挺やエアバイク等は全て軍が徴用、どのみちこの下界で不慣れな民間人が武装もしてない民間機を単機で飛ばすことなど出来はしない。
この一時帰宅も、当然、軍の保護と指揮の元に行われている。
クリスタルに覆われたコクーンが近付いたところで、軍人とは思えない軽妙なアナウンスが流れ出した。
「え〜御搭乗の皆様〜、こちらは当機機長のサッズ・カッツロイでございまぁす。」
ん?サッズさん?
「うん?この人はお前の仲間だった方じゃないのか?」
隣で父さんが記憶を探るように言った。
そうだ。確か軍への協力者という形で、また飛空挺に乗ってると言っていたっけ。
しばらく例の軽口で皆を笑わせた後、ふいに声のトーンを変えてしゃべり始めた。
「皆様、当機はこれよりコクーンの中心部に参ります。そこにはこのコクーンの崩壊をかろうじて喰い止めた二人の女神が眠っております。機長からのお願いです。当機はその周りを一回だけ旋回いたしますので、その間彼女たちに感謝の祈りを捧げていただけないでしょうか。」
胸が痛む。
他の人がどうしたかは分からなかったが、僕は目を閉じて真剣に祈った。
帰ってきてほしいと。
「ああ、これは私がいかに家に帰ってこなかったかという証拠だな。」
めちゃくちゃになった家の中を、それぞれで持ち帰る物を探していた時に父さんが自嘲気味に言い放った。
見ると戸棚の中にずらりと酒の瓶が並んでいる。
「あちこちから頂いて、結局そのままになってたんだな。」
さびしげに言う。
「いまなら、飲む時間はたっぷりあるんじゃないの。」
「ああ、しかしこんなに大量にはなぁ。」
僕が付き合ってあげるという訳にはいかない。けど、思いついた。
「父さん、それサッズさんやスノウの所に持っていってもいい?」
「ああ、構わないよ。どれでも好きなの……と言っても判らんだろうなぁ。」
「ノラの店用に多めに持って行って選んでもらうよ。いいでしょ?」
「ノラの店……。ああ、飲食店をやっているというだけでも珍しいのに、酒まであったら大繁盛間違いなしだ。」
父さんは、ノラの店…というところで少し感慨深げだった。ノラ…僕の母さんの名前。
ノラの店というのは、大平原のマハーバラ坑道入り口近くの崖の上に、スノウが軍から大型テントや保存食等を払い下げてもらって作ったらしい。とはいっても客はほとんどノラのメンバーみたいだけど。ただ以前と違って、今はサッズさんと同じく軍に協力的な民間人の組織として、きちんとした地位が確立されてるようだ。
サッズさんに頼みたい事がある。
僕はたぶん、とても小賢しいことを考えてる。
「いいんですかぁ〜?エストハイムさん!」
サッズさんが酒瓶を持って破顔している。
おいそれとパイロットに会ったり出来ないと思ってたけど、意外とすんなり会えた。
サッズさんの人柄のせいか、もしくはやっぱり特別扱いなのかもしれない。僕も含めて。
もう少しそれを利用したい。
「あの、サッズさん……。ちょっと通信お願いしたいんですけど。」
「こらこら、民間人が私用で……、あ、賄賂受け取っちまったな。」
サッズさんは、眉をひそめて酒瓶をまじまじと見つめた。
「そういうつもりじゃないですけど……、それ、スノウの所にも持って行きたいんで。」
「あぁ〜ん?ガキ共にはもったいない酒だぜ。」
サッズさんは父さんを一瞥してから、あらためて僕にこう言った。
「………ライトニングの所はいいのか?」
ちょっと気まずい。というか気恥ずかしい。
「あ…、そっちはセラさんの方から……。」
見透かされてるだろうとは思ったけど、あやふやな感じに答えた。
「いいぜ。連絡しといてやる。」
小賢しい、いやそれ以上に見え見えなのは分かっているけど、これでなんとか口実が出来た。