Stan L 5
風に砂が混じってきたな。
たいした距離でなくとも、嵐になるとやっかいだ。
「ほらほら、お前ら帰るぞ。」
またこいつらを纏め上げることの大変さときたら。
人の言葉を理解するくせに、遊び始めるとまったく言うことを聞きゃぁしないんだから。
かつての上司に、ゲパルトの生き残りがいたら譲ってほしいと打診したが、あれはどうなったのだろう。
居たとしても、こっちに廻す分などないか。
束の間のお散歩を終えて帰宅したが、まだ腹の大きさは目立つほどではないというのに歩くのが疲れるようになった。
なんとなく重心が取りにくい。
なまじ体を鍛えてきたせいで、いままで経験したことのない体の状態に神経がついていけないらしい。
ついつい溜め息をついてしまう。今からこれでは先が思いやられる。
成鳥たちは勝手に帰ってくるだろうから、シャワーを浴びてしまうことにした。
……しまった。バスローブがない。
先に洗濯をしておくのを忘れた。
もう下着をつけてしまったし、この上から湿ったバスタオルを巻くのは気持ち悪い。
セラが妊婦用にと買ってきてくれたスリップだかキャミソールだかがあったな。
まだ封も開けてなくて中身も見てなかったが……。
どこだったろう………、これか?
私は袋を開けてみて絶句した。
入っていたのは確かにスリップだが、ショッキングピンクのベビードールだった。
我が妹ながら本当に……どういう趣味だ。
男の趣味も悪いしな。どうしてああなってしまったんだろう。
しかしなるほど、ベビードールなら確かにかなり腹が大きくなっても着られるだろう。
だがこれは短いな。
まあクローゼット代わりにしてる部屋までのことだしいいか。
ホープは戻ってきているんだろうか。
この姿よりブラとショーツだけの方がまだましだろうか。
……なぜ私がここでホープの視線を気にして暮らさねばならんのだ。
腹が立ってきた。
廊下へ出たら奥の方が明るくなっていた。
ホープ……以外ありえない。
よりにもよって、向こうは私が服を置いている駐在員用の個室が並んでいる方だ。
一番手前の部屋が開いている。
「こらっ、このエロガキ!」
そこはサッズから預かっているあの二人の衣裳部屋だ。
「ライトさん、ひど……わあっ!なんですかその格好!」
「ここは私の家だぞ!どんな格好をしようが私の勝手だ!」
まあ、驚くだろうな。それはわかる。
が、こいつは何だ。エプロンなんかして。
新婚じゃあるまいし。
ホープは何かくだらないことにこだわってぶつぶつ言い続けた。
「それにしても……、サッズさんてやっぱりヴァニラさんのこと愛してたんですねぇ……。」
「ガキのくせにわかった風な口を聞くんじゃない。……それに……過去形じゃない。」
あの2人の間に何があったのかは分からない。
あったのかも知れないし、なかったのかも知れない。
しかし何か思い入れがあるのは分かる。
それはあの出来事から数ヶ月たった今も、いや今が一番強いのかもしれない。
「父親はあっさり承諾したのか?」
私はすぐに話題を変えた。
あまり他人の心の内を想像するのは、かえって冒涜しているような気がしたからだ。
「ええ、わりとすんなり。」
「父親を一人にしてかわいそうじゃないのか。」
「その為に、好きな女の人を一人にするのはもっとおかしいでしょ?」
「………マセガキ。」
私は2人の衣裳部屋の隣の部屋へ入った。
いつからこうなった?
最初の頃は子供過ぎてどうしようもなかったのに、急に生意気なことを言うようになって……。
私のせいなのか?
鍛えた結果がこれなのか?
私がこう育てたのか?
セラの趣味が悪いのも私のせいなのか?
………なんでこうなった。
こればっかりだな私は。
「ライトさーん、ご飯の支度しますよー。」
これだ………。
これがいま目の前の現実だ。
ここでホープと2人で暮らすなんて、昨日まで、いや今日の午前中まで有り得ない事だと思っていたのに。
しかもいずれ3人になることがほぼ確定してるなんて………、非現実的というか妙な夢でも見てるみたいだ。
夢なのかもしれない。
きちんと服を着た私は、なんとなくホープと一緒に食事の支度をして、まるで今までずっとそうだったかのように共に食事をして、片付けまで並んでしている。
昔みたいに、と言ってもさほど前のことではないが、2人で居た頃、そして6人で居た頃と変わらない。
違うのは、ちゃんとした家に定住しているのと、後ろから迫り来る負の運命にさらされていないこと。
話題も暗い物はない。
激しく燃え上がる感情がなくとも、このまま家族になってしまいそうだ。
ホープは一番奥の個室を自分の部屋に決めたようだ。
勉強でもしてるのか篭りっきりだ。
一緒に暮らすなら私も寝室を作らねばならないな。元々そうするつもりではいたのだが。
私はいつものように2階で夜空を見ていた。
灯の消えたコクーンは相変わらず夜空に穴を開けている。
あれほど大きな物なのに、あの中にたくさんの人々が暮らしていたというのに………、今は巨大な墓と化している。
あの2人は墓守で、だから帰ってこないのか。
室内に自分以外の気配が現れた。
「ライトさん、お茶でも淹れましょうか?」
まるで新妻だな。
こちらの返事を聞きもせず、給湯室に入っていった。
ホープはやっぱり甘いのがいいなどといってカフェオレを持ってきて隣に座った。
私はソファーのコーナーになっている所に斜めに寄りかかっていたので、膝先はホープに触れそうな距離だが、顔と顔は近くない。
「あの………、怒ってます?」
「別に………。」
ホープはカップを見つめている。
奇妙な空気。
こんなことなら戻ってきたのを見たときにヤってしまえばよかった。
そうすれば後は簡単なのに。
まだ下を向いている。
子供まで出来ているのに、私の顔もまともに見られないなんて………、面倒くさいな。
そこを可愛いと言う人間もいるんだろうがなぁ。
「何について怒っていると思ったんだ?」
「……色々です。勝手に押しかけたり、勝手に料理始めたり………、それにその……子供が出来たこととか。」
「言ってる内容に落差がありすぎるぞ。それに子供の事は、お前は喜べと言ったじゃないか。」
「そうなんですけど……。」
またもじもじが始まった。
子供だ。
これに何かしても咎められなくなったなんて、本当に世の中変わったものだ。
世の中より先に変わったのは私達だが。
いま、この俯いている少年にちょっかいを出したらどうなるだろう。
されるがまま手も足も出せずにいるだろうか。
私は頭の中だけで片足を上げ、その足の指で彼の髪の毛をひっぱった。
身を震わす幻のホープ。
本物の方は何も知らずに黙ったまま。
私はさらに想像の足を少年の耳へすべらせた。
本当にこうしたらどうなるかな。
例の我慢とやらをして見せるだろうか。
我慢して身悶えて。
それとも待ってましたといわんばかりに私の足首を掴んで股を広げさせ、有無を言わさず差し込んでくるかな。
そんな想像をしたら、久し振りに入ってこられる感触を思い出した。
実際にはない足を耳から顎先へ、顎から咽へ。
その下は……さてどうする?
両足を使ってシャツをたくし上げ、下から足を入れて腹から胸を撫で上げてやろうか。
これは……視姦だな。
目の前の少年は、まさか自分が私にそんな風にされてるとは思いも寄らないだろうなぁ。
もう知っている体。
脱がせたところが容易に想像できる。
どうせ妄想なのだから、本当に剥いてみるのはどうだろう。
玉ねぎの皮みたいにぴりぴりと……、ほら、どんどん肌が露わになっていく。
「あの………、触ってもいですか?」
幻聴かと思った。
「あん?どこを?」
「どこって……、お腹を。」
「ああ……、押すなよ。」
ホープは少し乗り出すようにして私の腹に手を当てた。
手の温もりが奥まで沁みてくるようだ。
「暖かい。」
ふと、つぶやいてしまった。
「中の赤ちゃんまで伝わりますかね?」
「……かもな。」
「幸せだって言ったら笑います?」
何をいきなり。
それぐらいの歳なら、体いっぱいに不満を溜め込んでるくらいで普通だろ。
「お前くらいの歳で満たされてしまったら、後の人生がもたないぞ。」
「やっぱりそうですかねぇ、充分苦労もしたと思うんですけど。」
「まあな。」
少しの沈黙。
2人のでいる空間の……、1人の頃とは違う静寂。
「母の遺体は結局みつかりませんでした。」
母。
この世を去った母達。
母になる自分。
「ああ、捜索はもう打ち切られたんだったな。」
探しきれまい。重力制御装置は死に、中に魔物が蔓延ってしまって、もはや見る影もないと聞いた。
「本当に………墓そのものになってしまったか。」
私はさっき考えてた、あの2人が帰ってこないのは墓守になったからではないかという話をした。
「そうですねぇ。それもあるかもしれないけど……まだ僕達のこと見てるんじゃないですかね。」
「見てる?」
「僕達……みんなまだコクーンに未練たらたらでしょ?ちゃんと自立できるか様子見てるんじゃないかって。」
「忘れろというのか。」
「うーん、忘れるのは無理ですよね。そうじゃなくって、割り切って考えられるようになるべきじゃないかと思うんです。」
「それをお前に言われるとはな。」
あの2人が今も私達を見守っていると?
コクーンへの執着を捨てたら、あの2人は帰ってくるだろうか。
ホープは圧し掛かるような体勢になって、私の腹に頬を摺り寄せた。
「こら、風邪っぴきはもっと離れろ。」
「あ、これ……父さんが声変わりじゃないかって言ってました。」
声変わり……。
いつまでも子供ではないということか。
腹の辺りから私を見上げる、その子犬みたいな瞳。
「もうそろそろ部屋へ戻って寝ろ。」
すぐに泣きそうな顔になる。
「………明日、ベッドを他の部屋に移そう。手伝え。」
「あ、……はい。」
瞳が潤んで見える。
私は彼を押しのけ立ち上がった。
「本当に私とここで暮らしていくつもりなのか?」
「はい……、もちろん。」
聞くまでもないか。
「これからまた………鍛えるぞ。」
背を向けて立ち去る私の後ろで、心なしか嬉しそうな声の返事が上がった。