Stan L 3
正直もうこれ以上話すことなんてないと思う。
子供が出来たのは計算外だったが、ホープにはもう別れを告げていたのだし。
別れというほどの仲ではなかったけれども。
事実を告げるのが義務だというなら、それももう話した。
この上まだ、説得しなければならないのか?
沈黙を破ったのはホープの方だった。
「僕のことは置いといて……子供についてはどう思ってるんですか?」
「どうもこうもない。出来たから産む。……それだけだ。」
出来た命を殺そうなんて思わない。
ただ……。
「迷惑でしたか。」
「………困惑はした。」
「それでも産もうと思ったんですよね?それなら……喜びましょうよ。」
喜び方がわからない。
「お前はなんでそんなに嬉しそうなんだ。普通は逃げ出すぞ。」
「だって沢山の人が亡くなったのに、また生まれてくるの嬉しいじゃないですか。」
「お前それはなんとなく嬉しいんだろ。実感がともなってないんだろう。」
「………いま知ったばかりだから、そうなのかも知れません。」
私も、検査結果を見たときは実感など湧かなかった。
ああ、そうか、と思っただけだ。
ただ……そう、やるべき事が出来たと。
明確な、やらなければいけない事が出来たのが……そういえば少し嬉しかった気がする。
「でも、元々出来ればいいのにって思ってたんです。タイタンだって、命の流れを未来につなげって言ってたでしょ?」
タイタン―――?
確かにそう言っていた……。
「それは……だが、こんなに早く……。こんなに直接的な意味だとは………。」
あの言葉……、私は単に『生きろ』という意味でしか捉えてなかった。
こういうことだったのか?
もしかしてタイタンは知っていたのか?
「そうですか?僕は素直にそう取りましたけど。」
素直に………か。
まあ私は素直とは遠い人間だ。
私は……。
タイタンの言葉――。
なぜ私はここに家を構えたんだろう。
コクーンが見えるから?
いや、あんなものはどこからでも見える。
タイタンが見えるところ?
まさか………タイタンから見えるところだから?
だとすると……。
「この子は何か意味のある子ということなのか。」
そうだ。考えてみればルシの時に出来た子など、そもそも普通の子なんだろうか。
「意味?意味のある子とない子がいるんですか?」
え?
「意味のない子は、いらない子なんですか?」
ホープの目が僅かに私を責めている。
「あ……、いや、いまのは忘れてくれ。そういうつもりで言ったんじゃない。」
私のほうが窘められるとは。
「そうじゃない。そうじゃなくて……この子は普通の人間じゃないかもしれないと言っているんだ。」
「元ルシだからですか?でも僕達が戻ったんだから子供だけ変ってことはないと思いますけど。」
そうだろうか……。
おかしな事だらけだと思うのは私の考えすぎなのか。
「ここで……一人で育てるつもりだったんですか?」
「………場所はともかく、これ以上いい家はない。いまさら移設なんて出来ないしな。それにセラたちもいるし……、サッズもよくしてくれる。」
完全に一人な訳ではないし、妙な意地を張るつもりもない。
必要なら他者を頼る。
しかしそれは大人同士の話だ。
「僕、ここで暮らします。今日から。」
まあ、そう言い出すだろうとは思っていた。
「バカを言うな!」
「気に入らないですか?でもお腹に僕の子がいるんですよね?」
何をいきなり偉そうに。
そいうのが嫌なんだ。
「だからなんだ!私に胤を仕込んだからといって私のものがお前のものだと思うな!」
「ものだなんて……。あなたは子供をモノだと思っているんですか?」
「そういう意味じゃない!」
「さっきから意味の話ばっかりですね。」
すぐに揚げ足を取るところがいかにも子供だ。
子供だと思って情けをかけていたら、許した以上の領域までどんどん入り込んできて。
どこまで私を………。
「お茶でも淹れてきましょうか。」
もう、自分の家のつもりか。
勝手にキッチンへ入っていく。
お湯も茶菓子もサッズの為に用意してたのに。
女でなくとも茶ぐらい出せると言っておきながら、結局出せずに帰してしまった。
女でもなく男でもないとしたら、私は一体何なのだろう。
戻ってきたホープが私の肩にカーディガンをかけた。
座ろうとして椅子に手を掛けて思い出したらしい。私は今日彼を見てから一度も椅子をすすめてなかった。
それなのに私の許しも得ず、すでに座っている。
しかし椅子ぐらいで文句を言ったら大人気ないだろうな。
ホープは何やらどこかで聞いたようなセリフを吐き始めた。
幼い少年にはこれが精一杯なんだろう。
だが何を言ったところで…………。
「お前に何が出来るというんだ。」
子供じゃないか。
「そうですね、身の回りのこまごました事とか……話し相手とか。……あ、ほら、お金四人で分けて…僕全然使ってないから持参金たっぷりですよ。」
「食い潰すだけだろうに。」
「でも、そのうちに僕も稼げるようになります。」
良いにつけ悪いにつけ、この子は一度決めた意志を中々曲げないのを思い出した。
しつこい、とも言う。
子供のうちは、自分がどれだけ子供か気付かない。自分も大人と同じことが出来ると思い込んでいる。
まあ、子作りは出来たわけだが。
「何をするつもりだ。」
ホープが突然立ち上がってコントロールルームへ入っていった。
「セキュリティに僕を登録するんです。」
「この家を乗っ取るつもりか。」
「………僕を怖がっているんですか?」
「お前を怖がってなど………、ただ倫理上の問題だ。」
「世間の目が怖いですか。でも若年の結婚は奨励されてますし、歳が達していなくても申請すれば大抵通るみたいですよ。」
それは………実は知っていた。
ここに医療の設備があるとはいえ、産婦人科となると街に出て医師に掛からない訳にはいかない。
そこで初めて、今が頭に超が付くほどのベビーブームだというのを知ったのだ。
当然非常に混んでいて、しかも明らかに若すぎる娘や意外なほど年配の女性など年齢層が幅広く、以前のコクーンの人々なら顔をしかめたろうが、そこはとても和やかな空気に包まれていた。
私はたぶん不安げな表情でいたんだろう。
待合室で周りの妊婦達から口々に「心配いらない」だの「一人でも大丈夫」だのと、何も話していないうちから声を掛けられた。
あのコクーン壊滅の騒ぎの中で、相手に死なれたりその場限りだったりで独り身がかなり多いらしく、自然と、新顔に皆で声を掛けて励ますというのが習慣になってたようだ。
そこに老いも若きもなかった。
過ぎ去ってみればこれは予期できたことだが、出来てしまったものは仕方ない。
それに確かに、人口が大激減したなかで新しい命は歓迎されていた。
そこで新政府は緊急措置として、まだ児童といえる年齢での婚姻を認めたのだ。
審査や面談だの条件はつけたようだが、相手がいるなら一刻一秒でも早く自立してくれということだろう。
そうなると………、実のところホープを拒む理由がなくなってしまう。
嫌いではない。
世間からも非難されない。
経済的な問題もクリアしている。
強いていえば、彼の父親が何と言うかだが………話に聞いているよりあの父親は息子に甘そうな気がした。
じゃあ………、何が嫌なんだ。
自分で自分に問う。
種付けされて自分のもの面されるのが嫌か。
他人から、私がああいうのが好みだと思われるのが嫌か。
心を………掴まれていないからか。
私は思ったより『女』だったのかもしれない。
ホープが帰ると言い出した。
荷物を取りに戻るんだとか。
そのまま戻って来なくてもいいのに。
少年は私に勝手にどこかへ行くなと言って出て行った。
まるでもう……亭主にでもなったつもりか。