Stan L 2




やけに遅いな。
サッズは一体何をやっているんだ。
外の様子を見ようと窓の方を見たが、家の前に飛空艇がでんと構えていて何も見えやしない。
モニターを見上げても同じだ。
せっかくお湯を沸かしたのに、お茶が冷めてしまうじゃないか。
お茶菓子でも探してこようか。地下の貯蔵庫にあるかもしれない。
レーションの中にもクソ甘いジャム付きビスケットなんかが入っているからな。
玄関を開けておくように言っていたから、そのうち勝手に入ってくるだろう。
私は螺旋階段を下りて地下へ向かった。


思い返してみれば、サッズと出会った頃はずいぶん彼に冷たくした気がする。
私の元々の性格のせいでもあるし、構っていられない状況でもあったのだが、それがまあ今や茶飲み友達なんだから不思議なものだ。
相談事にもよく耳を貸してくれるし、こうして用事があったときの送り迎えなどなにくれとなく面倒見てくれている。
頼ってばかりだ。
私はファザコンなのかもしれない。
いままでサッズとの付き合いの中であまり意識はしてこなかったが。


食糧貯蔵庫をよく見てみたら、ちゃんと菓子類のパッケージもかなり納められていた。
この施設が本来の使われ方をしているなら、ここで数人が数週間か数ヶ月缶詰め状態で任務に就くはずだったのだから、隊員を飽きさせないための『楽しみ』はたっぷり用意されてる。
トレーニングジムに映画や音楽や書籍のデータ、もちろん食事も重要だ。
兵士の士気は割合こういった細かいことで保たれる。
だが私は兵士ではなくなった。
楽しむことにも興味が無かった。
だからいちいち在庫チェックなどしていなかったのだ。


私はパッケージを幾つか抱えてまた階段を上った。
そうしたらそこに―――。

ホープがいた。



驚いたことは驚いたが、不思議と冷静な部分もあった。

「サッズがお前を連れてきたのか?」

ホープは所在無さげに俯いたままで答えない。

「飛空艇のどこかに隠れ乗ってたのか?」

少年は少し上目遣いでこっちを見た。

「いえ………、街で見かけて……ついて来たんです。冥碑を使って…そしたらサッズさんに見つかって……。」
「私と話をして来いと?」
「……はい。」

会わないつもりだったが、こうなっては仕方ない。
私は手に持っていたものをとりあえずテーブルの上に置き、椅子に腰掛けた。
しかし私だって………、どう話をしていいものかわからない。

「もしかして……、これからここでサッズさんと一緒に暮らすんですか?」

ホープは辺りを見回して言った。
なにか勘違いしているらしい。

「あの……ライトさん、この荷物は……。」

このまま勘違いさせておこう。

「見ての通りだ。」
「あ……、サッズさんの子供ですか………。」
「そうだ、私はいま妊娠していて、これからサッズと暮らすんだ。だから――」


「こらああッ!!!」


野太い怒鳴り声が響いた。
ついさっき、彼のために地下まで菓子を取りに行ったのに存在をすっかり忘れていた。

「オヤジをテキトーに利用すんじゃねえっていつも言ってるだろうが!」

私は聞いた覚えはないが、いつもそうされてたのか?
まあ、文句は多いもののお人好しな感があるからな。

「なあーにが俺の子だ!ホープ!お前は身に覚えがあんだろうが!俺はねえぞ!2人でキチンと話し合えって言っただろ!」

あっさりばれてしまったか。
あのまま嘘をついておきたかったが………。
サッズの人の良さに甘えすぎてしまったな。
結局、彼に対して酷い女のままだった。
それにしても……。
ホープには言わないつもりだったのに現れてしまったということは、こうなる運命だったとでもいうのだろうか。

「まったく…俺はこれで帰るからな。とにかく話し合え。」

流石のサッズもまくしたてて疲れたようだ。

「ホープ、その…椅子に掛かってるニットみたいのを肩にかけてやれ。それからお前、その声風邪か?」

そういえば少し擦れ声のようだ。

「あ、いえ体調は悪くないですけど。」
「……そうか。あまり話しに熱が入って興奮させるなよ。冷静に話し合え。」

彼は大人だ。
今日ホープが来たのは偶然だったにしろ、いづれはこうなるように仕向けたかもしれない。

「エクレールッ!!」

突然本名を呼ばれて戸惑った。

「お前もだ。相手がガキだと思っても……これだけはハッキリさせとけ。俺から見たらお前も小娘なんだから同じだ。」
「サッズ、すまない……その……。」
「あーあ、全くどいつもこいつもガキどもときたら!世話焼かせんじゃねえ!オヤジだって傷付くって言ってんだろ!ぼくちゃんもお帰るッ!」

見送りもしないうちにサッズは出て行ってしまった。
もっとも見送りどころではない。
目の前には呆然とした少年が一人。
………どうしたものか。

「あの…すいません、混乱して……。」

それはそうだろう。

「その……、どれが嘘で何が本当なんですか?」

全部嘘だと言いたいとこだが。

「サッズとここで暮らすなんていうのは嘘だ。」

どれがと言うならこれが嘘で。

「妊娠は本当だ。」

これが本当に本当だ。
さあ、どうする?

「それは………、僕の子ってことなんですか?」
「時期から言って……おそらくそうだ。」

どう考えてもそれしかない。
正確に言えば、少し遅い気もするが……精子は稀に10日ほど長生きするのもいるそうだから、それならおかしくはない。

「あの……薬は?効かなかった……?」
「あれは避妊薬であって堕胎薬じゃない。あの……お前をこの家から出したすぐ後に悪阻(つわり)が始まったんだ。」

あのとき、もう……。
あのあとやけに気分が悪いと思ったら……。
ここを離れようと思ったのに。
いまよりもっと自由気ままに生きようと思ったのに。
………もうどこにも行けない。

「その前も、飲んでたって……。」
「それは……、効果が切れるのが早かったのかもな。」

飲んでからずいぶん経っていたし。

「あるいは、ルシになった時に薬の効果はリセットされたのかもしれない。それに状態変化の魔法を受けまくったからな……。そのうちに効果が打ち消されたことも考えられる。」

はっきりとしたことは判らない。
ただこれは想像妊娠なんかではない。
ホープは……、さぞやショックを受けているだろうな。

「僕……凄くうれしいです。」

どういうことだ。

「……私を独占できるとでも考えたのか?」

子供が出来たから私は自分の物だとでも?
そんなことで……。

「そんな……、それもちょっとは思いますけど、新しい命が生まれてくるの……嬉しいじゃないですか。」
「そう簡単に言うがな……。」
「嫌……なんですか?」
「いまさら嫌だと言うくらいならこんな準備はしていない。」

もっとも今は母体保護以外の堕胎を受け付けるような暇な医者はいない。
医師も看護士も高度な医療機器が使えなくなって、ほとんど一から医療の勉強をしているような印象さえ受ける。
それに人口が激減したいま、子供は歓迎されている。
ほとんどの人が配給に頼った生活であるから、経済的理由で育てるのが困難という事もないし、片親に死なれているなどどこにでもある光景だ。
みんながほぼ同じレベルなら、苦しくとも自分だけ不幸だとは思わないし、それなら結構不満もなくやっていけるのだ。
いやみんなが同じくらい苦しいからこそ、助け合っていけるんだろう。
私達も、そうだった……。

「じゃあ……僕のことが嫌なんですか。」

いかにも哀しそうな言い方だ。

「嫌だなんて……。別にお前を嫌ってるわけじゃない。」

決して嫌っている訳じゃないんだ。

「ただ……好きじゃないってだけですか……。」
「それはそうとしか言いようがない。」

好かれたからって好きで返せるなら世の中のトラブルの半分くらいはなくなる。
しかしそれは不可能な話だ。
いまはそんな話をしてもどうしようもない。


今すべき話は。


………嬉しいと言っていたか?


まだ……引かないつもりなのか。





※ レーションとは、兵士などが持つ携帯食のことです。


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