Stan L 1
「いつもありがとう、サッズ。本当に感謝している。」
「お?おいおい、照れるじゃねえかよ。ここんとこ妙に女らしくなってきたよなぁ。」
圧迫感のあるアフロヘアの男は、妙にのところをたっぷり伸ばして言った。
「今までは女じゃなかったか。」
「うーん、そいういう受け答えが出来るようになった……ってのが感慨深いよ。おいちゃん、びっくり。」
「荒事から離れて久しいからな。いまは専らチョコボと羊の世話で毎日明け暮れてるんだ。円くもなるさ。」
元々飼っていたチョコボ達の繁殖には成功していないが、野生のものから幼鳥を少し得ることが出来た。その為、毎日ヒナ達やヒツジ達を連れて水辺に散歩に行ったりしていて、そうするとまるで世界が平和そのものになった錯覚に陥る。
しかし、ひとたびこうやって即席に造られた『街』のような場所を目にすると、コクーンから放り出された人々は未だ足元も覚束ない難民の群れに過ぎないと思い知らされる。
街というより『市』の方が近いか。
「おーい、殺伐とした生活からサヨナラしたと思ったら、今度はチョコボ臭い生活かよ。そんなんじゃ良いお婿さんを見つけられないぞ?」
「とっくにそんなの諦めているさ。」
というより欲しいと思ったことがないのだが。
「…………なんならウチに来るか?もっともウチじゃあ、姉ちゃんからいきなり母ちゃんになっちまうけどな!」
いつもの軽口だ。
「そうだな。それも良いかもな。考えておく。」
「んなっっ?まーーーったく若い娘ってのは、悪びれなく真顔でオヤジをからかいやがって……。」
「言い出したのは自分だろうに。」
本当に、それでもいいと思ったのだがな。
悪い男ではないし。
だがその心とは裏腹に、もう一方で最後に寝た男を思い出した。
いや……、あれはまだ男とはいえないか。
「どっか、寄ってくか?」
「いや、私はいい。まさかまた買い物したいというんじゃないだろうな。」
「なんだよ〜、ちょっとぐらい付き合えよ〜。」
「女の買い物みたいに長くなるからごめんだ。」
「それじゃ自分は女じゃないって自分で言ってるようなもんだぞ。」
「ああ、そういうところは女じゃないんだ。」
人の多い所に来ると疲れる。以前はそんな事はなかったのだが、一人の静かな暮らしに慣れすぎたようだ。
早く帰りたい。
「ま、あんまり疲れさす訳にいかねえしな。じゃあ帰るか。」
「すまない。」
本当はあの2人の為に女物を買うのに、女連れのほうが良かったのだろう。
付き合ってやりたい気持ちもあったが、疲れていた。
「お送りいたしますよ、お姫様。」
サッズはそう言って私の背に軽く手を当てた。
私だって全く洒落の分からない人間という訳ではないが、それでも私にここまで気安く接する者は他にいない。そこが案外つきあったら上手くいってしまうのではと思わせるところだ。
かといって彼に惚れてる訳ではない。友人としての親愛感しかないが、そういうのもアリなのではとふと思う時がある。
人生を歩むには、激情の瞬間より穏やかな毎日をくれる相手の方がいい。
こんなことを考えていると、自分がやけに老成してしまったような気分になる。
ああ、しかし彼の息子に気に入ってもらえるかは分からない。
私が子供に好かれるとは思えないから、簡単ではないだろうな。
「なあ、ちょっとはっきりしねえ噂を聞いたんだけどよ。」
「噂はたいがいはっきりしないだろうな。」
私達はサッズの個人所有の飛空艇に向かって歩いていた。
通常では有り得ない事だが、軍から、これを持たせるから休みの日でも呼んだらすぐ来てくれと言われたらしい。云わば紐付きだ。
非常に頼りにされているということだが、それほど重用されているならいっそ軍に入ってしまえば良さそうなものを、自由がなくなるといって頑なに固辞している。
見たところ、今の状況もさして自由があるとは言えないようなのに。
「いやー、あのロッシュがな、どうも生きてたらしいって噂なんだが。」
「ロッシュが?」
確かに私達は彼の死体を確認したわけではないが……。
「身元不明の、昏睡状態の怪我人の中にそれらしき人物がいるって話なんだが……。」
「胡乱だな。」
「ああ、だがよ、俺達が戦ったあの橋みたいなとこには何も無かったんだと。んで、あの下にベヒーモスの死体と……あー、あの昆虫みたいなのなんだっけ?」
「プラウド・クラッドか?」
「そう、それが落ちてたんだとさ。」
「しかし、それだけでは………。」
「まあなぁ、判っているのは……『たしか』その辺りで回収した人間だった、てのと『たしか』ボロボロの将校らしき服を着てたと思う、ってーのと『たしか』そんなような髪の色だったはずだってくらいだからな。頭は治療の為に剃っちまったんだろーな。」
「何も判ってないじゃないか。だが……生きていたとすれば喜ばしいことだ。」
「うーん、そうだなぁ。あの高慢ちきな女でさえ、目の前でああいう死に方されちゃあ寝覚めが悪ィもんな。」
高慢ちきな女とはナバートのことだろう。
随分ひどい目に合わされたらしいが、それでも後ろから撃たれる姿を見るのはいいものではない。
ロッシュと違って素直に生きていて喜ばしいと言える相手ではなかったが、それでも生きていたと聞けばきっと少し安堵しただろう。
私達は殺しすぎた。
ホープまで、あんなに幼い少年にまで血の道を開かせて。
突き放すべきではなかったか……。
もう後悔か。私の心のふらつきは相変わらずだな。
「お手をどうぞ。」
飛空艇に乗り込むステップのところでサッズが手を差し伸べた。
「紳士のふりは疲れないか?」
「俺は元々紳士だっての。」
必要ないことではあったが、差し出された手に自分の手を重ねた。
「こういうのも悪くねぇだろ?」
「まあな。」
飛空艇で家に向かう間に、サッズは世事に疎くなってしまった私にコクーンの解体計画や新しい本格的な市街の構想などを話してくれた。
あの2人にはすぐにでも戻ってきて欲しいが、そうなれば動力を失ったコクーンは落下するしかない。あの状態でどこまで解体できるものか分からないが、出来得る限り中身を取り出し、軽くしておきたいだろうな。
「面倒くさいから、家の真ん前に置いてもいいだろ?」
「崖からかなりはみ出すぞ。とめている間にバランス崩して落っこちるんじゃないか。」
「そんなヘマしねぇよ。」
そこら辺は信頼してはいる。
「女でなくとも茶くらい出せるぞ。」
「根に持ってんのかよ。」
玄関を開けっ放しにしといてくれと言うサッズを後にして家へ入り、セキュリティの設定を変えてキッチンへ向かった。
外を歩き回ったわけではないから、あまり厳重にする必要もない。
それより部屋をもっと片付けておくべきだったな。
横着してこの部屋だけで生活するのはもう限界だ。
サッズが帰ったら少し手を付けるか。
私はお湯を沸かしながら、部屋の模様替えの算段をしつつサッズが来るのを待った。