Stan H 5




夕食の支度にはまだ早いけど、食材の確認だけしておこうかな。
当面、家事くらいしかすぐに役に立てることないし。

僕は例のリビングダイニング兼寝室に荷物を置いて、すぐ使うものだけ取り出しておいてキッチンに入った。

ひとの家の冷蔵庫を覗くのは不思議な気分だけど、勝手にもう僕の家と決めてるし……。
うーん、やっぱりまだ保存食のパウチを開けたものが多いみたいだな。
確かに栄養バランスは取れてるだろうけど………。
あとは果物か……。もっと野菜類があるかと思ってたけど意外と少ない。
ノラから優先的に供給されてそうなのに。
まあいいや、戻ってくる時間わかんないし作り始めるにはまだ早いから、献立考えながら別のことしよう。

あ、荷物……。
こういう施設なら隊員用の個室があると思うけど………、コントロールルームで間取りチェックだな。

僕はコントロールルームでこの建物の情報を引き出した。
2〜4人用が2つと個室が6部屋もある。とりあえず個室を一部屋もらおう。
いきなり一緒には寝させてもらえないだろうしなぁ。
……なんか変な関係になっちゃったな。
僕が悪いんだけど。

もう少しここの構造を確認しておこうと思ってその場に留まった。
もっと要塞みたいなのを想像してたけど、火器類が少ない気がする。
何かあったとき、閉じこもって救援を待つつもりだったのかな。
頼りないなあ。お金の問題かな?
警備軍なのにパルス用の施設を作るってだけできっと問題沢山あったんだろうな。
しかしここだけでエネルギーの供給や浄水設備が完結してるのはありがたいことだ。
こういうのがもっと沢山あれば良かったのに。
というか、コクーンに住めなくなったときのことって誰も考えてなかったのかな。
そうなったら……パルスは地獄だと思わされてたから、どっちにしろ皆死ぬって思ってたのかな?
いつか攻めてくるって思い込んでるなら、じゃあこっちから攻めようって誰か言い出しそうなもんだけど。
物騒な話だけど、パルスの人間を滅ぼしてでも脅威を排除しようとは考えなかったのか?
………ファルシが、人間達が自分で考えたりしないように飼いならした成果だったのかなぁ。
その攻めてくるっていう設定も必要だったのだろうか。
ああ、そうしとかないとコクーンに人間を閉じ込めておけないからか。
でもなあ……ファルシのやることって、ちぐはぐっていうか整合性とれてないっていうか……。
なんか、こう………穴だらけな気がするんだよな。
なんでアニマを取り込んだりしたんだろう。
気付かないもんなのかな。
わざとにしては、結果を出すのに時間が経ちすぎてるような気がするし。

あ、考え込んでる場合じゃなかった。
とりあえず空いてる部屋に荷物放り込んじゃお。

そう思って一番手前の一人部屋のドアを開けて、僕は絶句した。
服・服・服・服。
靴・靴・靴・靴。
一瞬、ライトさんもこういう女の子っぽい一面もあるんだなあと感心しかかったけど、すぐにサッズさんがあの2人の為に服飾品を買い捲ってるという話を思い出した。
よく見ると同じ靴が何足も並んでたりする。
あー、サイズが分からなくて幾つも揃えたんだ。
確かにこれがサッズさんの家にあったら気味悪がられると思う。
今からこんなに集めたって、いつ戻ってくるかわからないのに………。
それでもそれをわかってやってるサッズさんの気持ちを考えたら、すごく切なくなった。
感じ入ってライトさんが帰宅しているのにも気付かず。

「こらっ、このエロガキ!」

いきなり後ろから怒鳴りつけられた。
別に何かしてたわけじゃないのに。

「ライトさん、ひど……」

そういいながら振り返ったら。

「わあっ!なんですかその格好!」
「ここは私の家だぞ!どんな格好をしようが私の勝手だ!」

いや、そうだけど……だってそんな……なに?それ?
ショッキングピンクの、キャミソールっていうの?
胸のすぐ下からひらひらになってて、もう股のところとか見えちゃいそうに短い。
誘ってんの?からかわれてんの?試されてんの?

「お前こそなんだ、その格好は。押しかけ女房か!」

女房………。
確かに僕はエプロンしてたけど、紺の無地のでわりと男物っぽいやつなんだけどな。

「せめて、旦那にしてもらえません?押しかけでいいんで。」
「語呂が悪い!」
「そうですかね……。じゃあ主人とか亭主とか。」
「なにが主人だ、生意気に。ここをやたらと開けるな。」
「あはは、ちょっとビックリしましたよ。ライトさんのものかと思って。」

でもその後に現れた本人のその格好の方が驚いたけど。
っていうか……、やっぱ我慢なんて無理かも。

「それにしても……、サッズさんてやっぱりヴァニラさんのこと愛してたんですねぇ……。」

印象だけど、若干かわいらしい服の方が多く見える。

「ガキのくせにわかった風な口を聞くんじゃない。……それに……過去形じゃない。」

ああ……、そう……だよな。
僕は、あの時もしライトさんもクリスタルになったままだったとしたら……、たぶんその辺をころげまわって泣いたと思う。
子供だな、ほんとに。
サッズさんはあの時わりと平気そうにしてたけど、本当は胸のうちに押し殺して抱えてたのかな。
大人、だもんなぁ。

「父親はあっさり承諾したのか?」

ライトさんは刺激的な格好のまま、真面目な話を振ってきた。

「ええ、わりとすんなり。」
「父親を一人にしてかわいそうじゃないのか。」
「その為に、好きな女の人を一人にするのはもっとおかしいでしょ?」
「………マセガキ。」
「だから、酷いですって。」

ライトさんは僕の言葉を無視して隣の部屋に入って行った。

「ライトさーん、部屋ひとつ欲しいんですけどー!」
「手前3つはだめだ!奥から使え!」

………使っていいんだ。
えーと、これまでの会話からして、僕が一緒に居てもいいっていうことだよね?

やった。
嬉しい。
……けども。
いままでも激しい一喜一憂をさせられてきたし、それにサッズさんの秘密の愛の部屋を見ちゃった後だと………なんか複雑。
僕だけ幸せ気分でいいのかな。
うーん、でも不幸顔してたってしょうがないしな。
なるべくにこやかに振舞おうって決めてたんだ。
ライトさんがつられて笑ってくれるように。

勝手に夕食の支度をしていたらライトさんがふらっと入ってきて、なんとはなしに2人で食事を作って2人で食べて、後片付けも2人でやった。
僕は学校での話を、彼女はチョコボの育成などの話をしながら。
なんだ……、普通だな。
そうだよな、べつに喧嘩してたわけじゃないし。


その後は貰った部屋で荷解きをしたり、明日からの学校の予定を組み直してみたりして、しばらく1人で居た。
シャワーを使ってから、また二階からの外の景色が見てみたくなって上がって行くと、奥のソファーの背もたれ越しにピンクがかった髪の毛が見えた。

「あの………、怒ってます?」

僕はお茶を淹れましょうと声を掛けて、2人分のカップを持って彼女の隣へ腰を下ろした。
お茶といいながら、僕が持って行ったのは甘めのカフェオレ。寝る前には、ちょっと甘い方がいいと思って。

「別に………。」

彼女はソファーの角の所に寝そべるようにもたれかかっていた。
こういう絵画を美術の資料で見たことがある。あれは裸だったけど。

「妊婦にあまりカフェインをとらせるな。」
「あっ……うっわ、すいません……何か他のをいま――」
「いい、一杯くらいなら平気だ。」

ああ、早くも役立たずだと思われたかも。

「何について怒っていると思ったんだ?」
「……色々です。勝手に押しかけたり、勝手に料理始めたり………、それにその……子供が出来たこととか。」
「言ってる内容に落差がありすぎるぞ。それに子供の事は、お前は喜べと言ったじゃないか。」
「そうなんですけど……。」

出来たことは喜んでほしいけど、出来るようなことをしたってことについては怒ってるんじゃないかと。
でも本当に嫌なら、僕がどうにかできる人じゃないんだよな。
そこがわからなくて………。

「あの………、触ってもいいですか?」
「あん?どこを?」
「どこって……、お腹を。」

嘘。
ほんとは体中全部。

「ああ……、押すなよ。」
「そんなこと、しませんってば。」

あんなにスリムだった腰が、いまは大きく前にせり出している。これからもっともっと大きくなるなんて信じられない。
膨らんだ頂点のところにそっと手のひらを当てた。

「暖かい。」

腹の主が、ぽそっとつぶやいた。

「中の赤ちゃんまで伝わりますかね?」
「……かもな。」

こんな風に、穏やかに語り合うのは初めてじゃないだろうか。

「幸せだって言ったら笑います?」
「お前くらいの歳で満たされてしまったら、後の人生がもたないぞ。」
「やっぱりそうですかねぇ、充分苦労もしたと思うんですけど。」
「まあな。」

とても静かだ。
開放された空間にいるせいか少し肌寒く感じる。
手が触れている部分が暖かい。
これから母になるひと。

「母の遺体は結局みつかりませんでした。」
「ああ、捜索はもう打ち切られたんだったな。」

それ以前に、ハングドエッジの一件は動乱より前のことだからPSYCOMに内々に処分されてしまったのかもしれない。
ライトさんは、今のコクーンは大きな墓だと言った。
あの2人はあのまま墓守として、ずっと帰ってこないのではないかとも。

「そうですねぇ。それもあるかもしれないけど……まだ僕達のこと見てるんじゃないですかね。」
「見てる?」
「僕達……みんなまだコクーンに未練たらたらでしょ?ちゃんと自立できるか様子見てるんじゃないかって。」
「忘れろというのか。」
「うーん、忘れるのは無理ですよね。そうじゃなくって、割り切って考えられるようになるべきじゃないかと思うんです。」
「それをお前に言われるとはな。」

だって、せっかくあの2人がくれた『新しい世界』なんだから。
それにこの新しい命。
僕は膨らんだお腹に顔を近づけ、そこに耳と頬をふれさせた。
心臓の音が聞こえるかと思って。
でもまだそこまでは無理みたいだった。

「こら、風邪っぴきはもっと離れろ。」
「あ、これ……父さんが声変わりじゃないかって言ってました。」

驚いたかな?
顔の角度を変えて見上げてみた。
目が合う。
あ……こんなに静かに見詰め合うのも……初めて?

「もうそろそろ部屋へ戻って寝ろ。」

つづきを期待した僕が莫迦だった。
見詰め合ったら次はキスかな、なんて。

「………明日、ベッドを他の部屋に移そう。手伝え。」
「あ、……はい。」

そうだよね、僕なんてそれくらいしか役に立たないし。
彼女は立ち上がって背を向けた。

「本当に私とここで暮らしていくつもりなのか?」
「はい……、もちろん。」

ここまできて、他の答えなんてあるわけないでしょう?

「これからまた………鍛えるぞ。」

あ………これ、あの時と同じ………。
あの時、ライトさんの気持ちがほぐれたような気がして嬉しくって。
いまもあの時と同じなら。

僕は後姿を見送りながら…………また恋をした。