Stan H 4




やっと………。
やっと父さんと仲良く暮らせるようになったのに。
それなのにもう終わりだ。
期待されてる仕事もあるらしいのを、なるべく一緒にいたいといって僕の為に断ってくれていたのに。
もう一緒には暮らせない。

昔は父さんのこと好きだった。
それがいつの間にか……仕事ばかり優先していて、家族の方を見ないことを恨むようになって。
ひどい息子だよな。
きっと寂しいはずなのに、母さんを失って僕までいなくなったら一人になっちゃうのに……。
ごめん、父さん。
僕は………、僕も父親になるんだよ。


こんな時間では父は家には居ないだろうと思ったら、どういうわけか早く帰宅していた。
家といっても、父が男2人だからと周囲に遠慮して、今も避難所の仮設住宅で暮らしている。
身元は知れてるのか知られてないのか分からなかったが、特に周りに誹られるなどという事もなく静かに暮らせた。

「ただいま。」
「おっ、今日は少し早いんだな。父さんも早く帰らせてもらったよ。」

父さんの顔を見ても、なんて切り出せばいいか分からなかった。
ふいに涙が出そうになった。
僕は泣き虫だ。
あまりにも突然すぎる話しだし、きっと承服してもらえないと思う。
でも僕は許可してもらいに来たんじゃない。報告しに来ただけだ。
もう……帰る場所はここじゃないし。

「父さん……ごめん……。」

父が不思議そうな顔でこっちを見る。

「ごめん……僕もう……。」
「なんだ、一体どうしたんだ?」

言わなければ。

「僕……ここにはもう帰ってこないよ。」
「なっ……、どうしてだ?」

ちゃんと目を見ることが出来ない。
やましいつもりはないのに。

「その………子供が…出来たんだ。」

絶句している。
当然だ。帰宅した息子がいきなりそんなことを言い出したら、たいがいの親は思考が停止すると思う。

「これから、その人と一緒に暮らすから。」

ほんとは当人の許可は取ってないんだけど。

「そ……あ…あ、相手の女性は……。」

父さんがこれほどまでにうろたえてるのを見るのは初めてだ。

「……ライトさんて覚えてる?ピンクの髪の。」
「あの…きりっとした顔のか?私を縛れと言った。」
「うん。その人。」
「ほんとか?本当にあの人を妊娠させたのか?」
「うん。」

目の前で父親に言葉にして言われて、耳まで熱くなった。
僕だって驚いたんだから、中々信じられないよね。

「ど、どういう経緯で……。」
「えっ…と……僕が無理やり………。」

父さんの顔が崩壊した。………ように見えた。

「お前が無理にって……とても信じられないが……、第一それじゃあ何故、子供が出来て一緒に暮らすという話になるんだ?何か彼女の名誉のために嘘をついて……。」
「嘘じゃない!本当だよ!」

それを宣言するのもどうかと思うけど。

「……つまり……お前のそういう想いを、彼女が受け止めてくれたと……そういうことでいいのか?」

いや実態はだいぶ違うと思う。
むしろ受け流されているといった感じだし。

「うん……、まあ…。」

父さんはそのまま黙り込んでしまった。
納得いくまで話し合いたいところだけど、早くあの人の所へ戻りたくて仕方がない。
離れている時間が怖いんだ。

「僕……荷物を取りに来たんだ。……あの人……一人暮らしだから………。」

あまり待たせられない。
いや、待ってはいないんだろうけど一人にしておきたくなくて……。
僕は考え込む父親をよそに荷物をまとめに掛かった。
こんな事をして、戻ってみたら家に入れてもらえないって事も有り得るのに。

家出の準備を終えるのに、そう時間はかからなかった。
もとから避難生活だから身の回りの物もたかが知れている。
今更ながら、あとに一人で残していく父親のことを思って胸が痛んだ。
今日初めて子供のことを知って、その場でいきなり今後のことを決めて、なにもかも全部その場の勢いでここまで来たけど……。

「じゃあ……僕もう行くから。」

これで永の別れって訳でもないのに、打ち沈んだ空気が流れている。

「ホープ……、お前がここを出て行くというなら、私もここを引き払おうと思う。」
「えっ、それでどこへ行くの?」
「また昔みたいに職場に詰めるよ。」
「昔だって、少しは帰ってきてたでしょ。」
「ここに帰ってきたって、誰もいなくなるんだろう?」
「……………。」

胸が痛い。苦しい。

「こういうことが、あちこちで起きていると知ってはいたが……。いや、状況から考えてウチが真っ先にそうなっておかしくない話なんだが。……他所の子の成長は早いと云うが本当だな。自分の子の成長にはまったく気付かないんだから。」

僕は短い間に急激に成長したんだと思う。
少し前の、自分の子供っぽさが信じられないくらい。

「僕はまだ……子供だけどね。」

婚姻が認められても、成人でないことにかわりはない。

「お前その声……。」
「あ、声は変だけど、体調は悪くないよ。熱もないみたいだし。彼女にうつさないように気をつけるから。」
「いや、その声……お前、声変わりなんじゃないか?」

声変わり?

「えっ……?これ……そうなのかな。」
「そろそろそういう時期だ。順序は逆になってしまったが、お前にもちゃんと男の証が現れているんだよ。」

声変わり……。
大人になるんだ、僕も。
生まれてくる命。
成長する自分。

「みんな……どんどん変わっていくんだね。」
「変わらないのは死んだ者だけだよ。」

きっと今、母さんのことを思い出しているんだろうな。
僕はあの2人を思い浮かべた。
あの2人は、クリスタルでいる限り変わらない。
『クリスタルの永遠を手に入れる』って、永遠にクリスタルだったら、それは死と同じじゃないのか?
そういうのを『手に入れる』って表現はおかしい。
でも考えてみれば、ファルシは人間と取引をして契約してルシを造るわけじゃない。
人間は、勝手にルシにされる。
それなら、使命を果たしたらクリスタスルにしてやるっていう餌はいらないと思う。
あれじゃあ餌として美味しくないし、やらなければシ骸にするっていう脅しだけで充分なはずだ。
だいたい誰かファルシから直接そう言われたのか?
結果を見た人間が勝手にそう解釈しただけで、本当はクリスタルになるのは……もっと違う目的のためなんじゃないだろうか。
なんだかどうも釈然としない。

「ホープ、母さんのことを思い出させてしまったか?」
「あ、ううん、大丈夫。……じゃあ、その……まめに連絡するから……元気でね。」
「私の心配は無用だ。……お前も元気でな。」

自分で出て行くと決めたのに、月並みだけど胸が張り裂けそうだ。
でもそれ以上にあの人のところへ帰りたい。
たとえ僕を待っていてはくれないとしても。





平原の家のセキュリティは、きちんと僕を認識していてくれた。
すんなり玄関が開く。
僕は『ただいま』を言おうと思って、どきどきしすぎている胸を押さえた。
今日は胸に負担のかかる日だ。
ところが内部は静まり返っていて、不安で心臓がつぶれそうになった。
でもここは広い。
僕は名前を呼びながら家の中を探し回った。
一階を探し地下を探し、いよいよ二階にも返事も気配もないという段になって、僕は今度こそ本当に泣いてしまった。
なんで……、どこにも行かないようにって、本人もどこへも行かないと言っていたのになんで……。
涙を拭おうとしたその時、視界の隅に黄色い物が現れた。
窓の向こうの、ここから少し離れた所にある池のほとりで、なにやら黄色い物が蠢いている。
そこに人影もあった。
ああ、そういえばチョコボのヒナが増えたとか言ってたっけ。
僕はヒナと聞いて、飛び回るような小さいのを想像していたが、あれはもう大人の膝くらいありそうだ。
莫迦だな僕は。泣いたりして。
この家の一員として、ただいまを言うつもりだったけど……代わりに『おかえり』を言おう。
あの人に。