Stan H 2
だから。
来てどうするんだろう。
走ってまで追いかけて。そもそも追いかけることがどうかしているのに。
冥碑まで辿り着いたら、あるべき場所に囲いのような物が置かれていて兵士が数人立っていたので、もしや近付くことも出来ないのかと焦ったが、一度止められたものの僕に気付いた兵士があっさりと使用の許可を出してくれた。
あまり顔が知れ渡っているのは気分のいいものじゃない。でも今は顔パスは非常にありがたかった。
だからそれで。
来てどうするんだ。
あの2人が仲睦まじくしている様を、もっと目の当たりにしようとでも?
走った甲斐あってか、僕が平原に着くのと飛空艇が到着するのは、ほぼ同時だった。
とっさに冥碑の裏に身を隠したが、そもそもこんな方まで目を配っているとは思えない。
僕はコソコソしている自分に呆れた。
それでだから。
僕は一体どうしたいんだ?
中を覗いてみるのか?
それとも中に踏み込むのか?
僕は赤の他人の部外者なのに?
いやそれどころか、これはストーカーって奴じゃないのか。
まずい。
それは、まずい。犯罪者じゃないか。
ああ、でも僕は端っから犯罪者なんだっけ。
僕はあの人を襲ったんだから。
第一、家の周りには監視カメラがあるんじゃなかったか?
どう……するんだ。
飛空艇は家の真ん前に置かれている。
もしかしたら死角が出来ているかもしれない。
僕は崖の内側に足を踏み込んだ。
その時――――。
「ホープ。」
上から声が降ってきた。
「サッズさん……。」
腰が抜けた。
驚いたというより気力が抜けた。
ばれてたのか。
見てたんだ、ちゃんと。
流石としか言いようがない。
「何をしに来たんだ?」
何って……、自分でも分からないのに答えようがない。
答えない僕にサッズさんはかまわず続けた。
「………お前、あいつのことどう思ってんだ?」
もう、あいつ呼ばわりなんだな。
「どうって……、僕がどう思ってたって………。」
サッズさんは階段を下りてきて適当なとこで腰を下ろした。
「どうにもならないってか?」
いつもと違う。
おちゃらけた所がない。
真顔のサッズさんは結構怖い。
「じゃあ、俺が貰っちゃおうか。」
何かが口から飛び出そうになった。
心臓か?反吐か?咽の奥に何かがつかえて唾液が飲み込めない。
「貰うとか……どうとか…、そんなのあの人が決めることでしょ……。」
まだそういう仲じゃないのか。
だとしても。
「お前、最後にアイツに会ったのはどれくらい前だ?」
なんでそんなこと。
「さあ……、もうだいぶ前のことだけど。」
何日経ったかなんて忘れてしまった。
数えるのか、普通。
あの人に振られてから一週間、何十日、何ヶ月と。
そんなことやってられない。
「もう一度、会って話せよ。」
「…………。」
だって今更………。
「帰ります。」
「おい………。」
来てはいけなかったんだ。
そんなこと最初から分かっていたことだけど。
「おい待て!いいから話をしていけ!今しかチャンスはないんだぞ!」
「でも……。」
「ほら上がれ!玄関は開けっ放しにしておくように言ってあるからよ!」
凄い剣幕だ。
けど、チャンスっていったい何だ?
僕は引き立てられるようにして階段を上らされ、家の前へ押し出されてしまった。
家の前は、飛空艇が視界を遮っていて中の様子はわからない。
言われたとおり玄関はロックされておらず、そのまま真っ直ぐ室内へ入った。
なんだか荷物が増えている。
うず高く積まれていると言っていいほどだ。
なんなんだろう。箱類の他になんだか檻みたいな物まである。
ペットでも飼うのかな。
荷物の向こうから足音が聞こえてきた。
螺旋階段を上がってくる。
どうしていいか本当にわからない。
彼女の顔をまともに見れるはずがなかった。
招かれてもいない他人の家で、主の登場を待つなんて。
階段を上りきった彼女が僕を視認してから、少し沈黙の間があった。
「サッズがお前を連れてきたのか?」
怒鳴られるかと思ったのに、静かな問い方だった。
「飛空艇のどこかに隠れ乗ってたのか?」
「いえ………、街で見かけて……ついて来たんです。冥碑を使って…そしたらサッズさんに見つかって……。」
「私と話をして来いと?」
「……はい。」
あまり意外じゃないみたいだ。
なんだか予期していたような。
チャンスってなんだろう。
この荷物……。
「もしかして……、これからここでサッズさんと一緒に暮らすんですか?」
これは一緒に暮らすための…………。
オムツ?
積み上げられている箱には『新生児用オムツ』と書かれている。
それが沢山。
「あの……ライトさん、この荷物は……。」
あの檻みたいのはベビーベッドだ。
もう2人には子供まで……。
いやいやセラさんのかもしれない。
しかしそれならわざわざこんな所に持ってくる意味が分からない。
「見ての通りだ。」
見ての通りって………。
「あ……、サッズさんの子供ですか………。」
止めを刺された。
チャンスっていうのは最後に話すチャンスってことか。
確かに、こうして踏ん切りをつけたほうが良かったんだろう。
死ぬほど辛いけど。
「そうだ、私はいま妊娠していて、これからサッズと暮らすんだ。だから――」
「こらああッ!!!」
今度は死ぬほどびっくりした。
「オヤジをテキトーに利用すんじゃねえっていつも言ってるだろうが!
なあーにが俺の子だ!
ホープ!お前は身に覚えがあんだろうが!俺はねえぞ!
2人でキチンと話し合えって言っただろ!」
サッズさんはそこまで一気に言い放ってぜえぜえと息をついた。
ライトさんは下を向いている。
僕は……状況がよく飲み込めなかった。
「俺はこれで帰るからな。とにかく話し合え。」
話……。
僕とライトさんで話をするって、それはつまり……?
「ホープ、その…椅子に掛かってるニットみたいのを肩にかけてやれ。それからお前、その声風邪か?」
「あ、いえ体調は悪くないですけど。」
確かにここのところ声が擦れ気味だった。
でも熱を計ってもなんともなかったし、だるいわけでもなかったので放っておいた。
そういえば飛空艇に乗り込む2人を見てたときは熱っぽかった気がしたけど。
「……そうか。あまり話しに熱が入って興奮させるなよ。冷静に話し合え。」
冷静も何も……、頭がうまく働いてないみたいだ。
サッズさんは何か捨て台詞みたいなのを吐いて出て行った。
残されたのは戸惑う僕と……。
「あの…すいません、混乱して……。」
ここに来てから初めて目が合った。
「その……、どれが嘘で何が本当なんですか?」
「サッズとここで暮らすなんていうのは嘘だ。…………妊娠は本当だ。」
本当………。
「それは………、僕の子ってことなんですか?」
彼女は少し目を伏せた。
「時期から言って……おそらくそうだ。」
あれ……でも。
「あの……薬は?効かなかった……?」
「あれは避妊薬であって堕胎薬じゃない。あの……お前をこの家から出したすぐ後に悪阻(つわり)が始まったんだ。」
あのとき、もう……。
「その前も、飲んでたって……。」
「それは……、効果が切れるのが早かったのかもな。あるいは、ルシになった時に薬の効果はリセットされたのかもしれない。それに状態変化の魔法を受けまくったからな……。そのうちに効果が打ち消されたことも考えられる。」
そっか、もう……いたんだ。
すればいいと思ってた受精を、もうしてたんだ。
ちゃんと何か生まれてくるんだな……。
「僕……凄くうれしいです。」
「……私を独占できるとでも考えたのか?」
「そんな……、それもちょっとは思いますけど、新しい命が生まれてくるの……嬉しいじゃないですか。」
「そう簡単に言うがな……。」
「嫌……なんですか?」
「いまさら嫌だと言うくらいならこんな準備はしていない。」
それなら……。
何の問題もないように思えるけど………。
ああ、この人は僕のことが好きじゃないんだっけ。
「じゃあ……僕のことが嫌なんですか。」
「嫌だなんて……。別にお前を嫌ってるわけじゃない。」
「ただ……好きじゃないってだけですか……。」
「それはそうとしか言いようがない。」
これは……僕はどうしたらいいんだ?
じゃあ仕方ないですね、さようなら……って訳にはいかない。
本当だ。
サッズさんの言う通りだ。
今がチャンスだ。
というかこれを逃したらもう後はない。
これはどうにかして……。
なにがなんでも……いま、この人を口説かないといけないんだ。