Stan ホープ 1
時間は容赦なく流れていく。
そのくせ悪い思い出まで流し去ってくれるかというとそうでもない。
ただ、あの人の居ない日々が積み重なっていくだけ。
忘れられっこない。そんなの無理に決まってる。
だからって死にたいとまでは思わなくなったけど。
でも生きているだけで苦しい。
とくに朝。
自分の体が男なのが恨めしい。
気が滅入る。自分の気持ちを全否定されてる気分になる。
結局そういうことが目的なんだろうと自分自身に突きつけられてるみたいだ。
莫迦なのかな。
世界がこんな状態になってるのに、失恋で生きるのが辛いなんて言ったらそれこそ本当に苦労してる人に殺されそうだ。
僕だって母を亡くしたり、望まない戦いに身を置いたり苦労したと思うけど、いまこの瞬間、死に直面している人に比べたらやっぱり過ぎ去ったことだし。
「ホープ!」
突然名前を呼ばれて、跳び上がるほど驚いた。
「マーキーさん。」
ノラの中でも、学生の彼とは偶に学校で顔を合わせる事もあり、友人の一歩手前といった感じの間柄になっていた。
なんせ、かつての友人達とは以前のようにお互い打ち解けて話すことが出来なくなってしまって、彼くらいしか親しくしてくる者はいないのだ。
第一その友人達もかなり姿を消していた。
「この辺で会うなんて珍しいですね。」
「そうだな。俺は結構こっち来てるけど、お前も?」
「僕は…、たまたま。」
学校はまだ全員半日授業のままだ。
あちこちのクラブに顔を出しているが、そのメンバー達だって生活があるから一日で割ける時間などたかが知れている。
クラブと言ってもかつてのイメージとは違い、研究や調査など非常に実践的なものが主だったので人間関係はあっさりしたものだったが、それでも一人でいるよりマシだった。
一人に、なりたくなかった。
人の多い所にいると落ち着く。静かな所に一人でいると本当に気が狂いそうなんだ。
「ただぶらぶらしてただけか?暇ならノラに来いよ。」
それはちょっと………。
「みんな元気でやってるんですか。」
「そーだなー。でも最近、姐御が来ないからつまんねーんだ。」
「姐御?」
「セラさんのお姉さん。」
ああ、聞きたくなかった。
でも知りたいような。
「ライトさん、結構ノラに顔出してるんですか?」
知ってどうするんだろう。
「ちょっと前まではなぁ。なに? あんま連絡とってないんだ?前はウチの傭兵部隊の武術指南でよく来てたよ。」
「傭兵部隊?」
「そ。『ノラ 白騎士傭兵団』かっこ仮。」
「なにそれ。白騎士?カッコカリ?」
質問ばっかりだ。
結局知りたいんだな。
「仮、仮。俺は姐御に、薔薇騎士がいいっす!姐御のイメージにぴったりっす!って主張したんだけど取り合ってもらえなかったんだよな〜。」
それは僕も恥ずかしいと思う。
「でさ、姐御、なんか白っぽい服着てたし。それにほら、姐御の召還獣って白い馬だったんだろ?」
かなりテキトーだな。
「あとはチョコボを増やして、きちんと調教出来ればもっとサマになるんだけどな〜。」
それで騎士か。
起伏が多く森林も深いグラン・パルスではエアバイクではかえって危険だ。
チョコボなら、大地をあの爪でしっかり掴み、多少の段差や谷などは難なく跳び越え、ちょっとした魔物に遭遇してもびくともしない。
独特の体臭が難点だが、僕達もかなり世話になった。
常に行動を共にしてくれるようになれば、とても頼もしいパートナーになるだろう。
「傭兵って、誰に雇われるんですか?」
新政府か軍か。
「んー、いわゆる『冒険者』ってやつだよ。」
『冒険者』
つまり民間人か。
いつまでもコクーンの財産を食い潰してるわけにはいかない。
みんな少しづつ避難所を出て、こうして街を造り自立の道を歩んでいるけど、これで足りるわけはない。
もっと外へ出て行く必要がある。
「最近はちらほら学生が混じってることもあるしな。」
ああ、少し耳にしている。
「みんな逞しくなりましたよね。」
「ああ、需要が増えて大忙し、は良いけどさぁ。」
「人手が足りませんか。」
「や、けっこう人は増えたんだよ。たださぁ。」
「ただ?」
「元 PSYCOM の兵士が多いんだよね。」
それは確かにマーキー達にとってはやりにくいかもしれない。
「スノウさんがさ、あいつ等もコクーンを命がけで守ろうとした同志だ!って言って。」
「スノウならそう言うでしょうね。」
「なんでお前は呼び捨てなんだよ。」
うーん、いまさら直せないので笑ってごまかした。
「でさ、やつらなら即戦力だし姐御の指導はいらないって言ってさ。」
それはそうだろうが、いらないというより少なからずしこりのある間柄だから、ではないだろうか。
「だからノラに来なくなったということですか。」
「うん、そう。あ、でもチョコボのヒナが増えて世話が忙しいって話も聞いたけどな。」
僕はあの人が飛び交う雛チョコボに囲まれている姿を想像して、微笑ましいやら切ないやらで……そのあまりに幻覚を見た。
いや、それは単に人ごみの中に同じ髪の色を見ただけだった。
まさかこんなところにいるとは思えない。
しかし次の瞬間、遠近感を狂わせるアフロヘアを目にして、もしやという思いが強くなった。
「それよりお前さ、もしかして―――。」
「すいません、用を思い出したのでここで……。」
「え?ああ、またな。」
僕は挨拶もそこそこに足早にその場を離れた。
莫迦だと思う。
追いかけて一体どうする?
追い着いて話しかけるのか。
何もなかったかのように、お久し振りですこんにちは、とでも?
出来そうにない。
じゃあどうするんだ。
気持ちの迷いとは裏腹に、足は真っ直ぐ先ほど見かけた人影に向かっていた。
やっぱり……サッズさんとライトさん。
何か会話をしながら時折顔を横に向けるので、よく知る人物だと確認できた。
2人が一緒に歩いていても、なんらおかしいことはない。
これがスノウだったとしても少々奇妙なだけでおかしくはない。
むしろ自分があの隣を歩くことが二度と有り得ない、おかしいことになってしまった。
そう思うと、サッズさんにさえ激しい嫉妬を覚える。
まさかあの人がサッズさんと付き合っているとは思えないのに。
しかしその認識は間違っていたらしかった。
歩きながらサッズさんは彼女の背中に手を当てたり、たどり着いた小型の飛空艇の前では手を差し出して、あまつさえ彼女の方も自身の手を預けていた。
かなり……もう深い仲なんだろうか。
熱でも出したみたいにぼんやりする。
僕は何の根拠もなく、あの2人はそういう男女の関係になる訳ないと決め付けてた。
でもそうでもないのかもしれない。
口数の少ないあの人と、騒がしすぎるサッズさんとは案外バランスがとれているのかも。
それなら僕は……。
僕は、あの人にとっていらない存在なのか。
僕がいなくても、あの人は別段さみしくも苦しくもない。
僕がいたからといって何か役に立つ訳でもない。
それがわかっていても。
ぼうぜんとしている間に、飛空艇は飛び去ってしまった。
たぶん、平原のはずれの家に向かっているんだろう。
僕は踵を返して冥碑に向かった。
ここから冥碑までは少し距離がある。
自然と早足になり、ついには駆け出していた。