deep river 3
このままではいけない。
沈黙の時間を作ると、もうああするしかなくなってしまう。
これ以上この場にはいられない。
「せっかくだから頂き物を開けようか。地下でつまみを漁ってくる。下に降りる時はこのボタンでドームを閉めてきてくれないか。」
私はその場を逃げ出した。
私の家だというのに。
螺旋階段を地下まで下りた。
自分が一体どうするつもりなのか自分でも掴めない。あの時と同じだ。
いや、もう流れは出来てしまっているのではないか。止めなければ行き着くところまで行ってしまう。
あの子は父親になんと言ってきたのだろう。遅くなるかも知れないと言って来たのだろうか。
まさか最初から泊まると言って来たのか。許可されるとは思えないが……。
もしかするとスノウのところに厄介になるとでも言ってきたのかも。
聞いてみようか。
聞けば、答えに詰まって帰るかもしれない。
聞かなければ?
「お決まりの保存食だぞ。」
「もう、慣れっこですよ。」
ホープはさっきからジャンクパーツをいじって遊んでる。
そういえば、レブロが手を加えたというのが冷蔵庫にあったっけな。
ここで誰かの為にテーブルに皿を並べるなんて。
「そういう服も着るんですね。」
「ああ、これはサッズが……。」
「サッズさんが?」
「あの2人が帰ってきた時に着替えくらい用意しといてやりたいと言って、コクーンで状態の良い服飾品が出たら買い捲ってるんだ。金品を4人で分けたから元々金持ちな上に高給取りだからな。それを自分の家に置くのは妙だからってこっちに保管させられてるんだ。で、サイズが分からないからってワンピースばっかり。これはその中でも2人とも着られなそうだから私が部屋着にしてるのさ。」
饒舌になってる自分に驚く。
久し振りの他人との会話。
誰かと囲む食卓。
微かに音楽が聞こえてきた。プレイヤーでも持ってきたのか。
「うん?何だそれは。」
「鉱石ラジオです。いま、基礎技術の研究が盛んなんですよ。」
「こうせきラジオ?どういう仕組みなんだ?スウィッチは何処だ?」
「この見た目でスウィッチとかないですよ。鉱石ラジオだから石を外せば聞けなくなります。」
ホープは自分の作り上げた物についてあれこれ説明を始めた。
「今は、学校の授業は午前か午後の半日だけなんです。場所も人も足りないから。それで空いた時間は家の事をやったり、ボランティアとか、こういう研究を手伝ったり、趣味で集まって気分転換したり……。これも、せっかくタワーがあるんだから電波飛ばしてみようって有志でやってるんです。たぶん、電波を使った通信インフラは、すぐに整えられると思いますよ。貨幣の復活も早かったし。そうしたら、ライトさんともしょっちゅう電話で話したり出来ますね。」
彼はまるで学校で習ってきたことを母親に自慢げに話して聞かせる子供のようだ。いや、まるでどころか実際に子供なんだからそのものか。
こういう子を、道を踏み外させてはいけない。
なのに邪まな想像をする自分。
「そろそろメシにしよう。」
「あれっ、料理したんですか?」
「いや、これはレブロが保存食をアレンジした物だ。ああ、レブロというのは……。」
「さっき会いましたよ。以前にも会ってます。」
「ああ、そうか。」
どうも私は健忘症のようだ。
「さて、開けるぞ。本当に久し振りだな。」
「一応、セラさんに好きそうなのを選んでもらったんですけど。いきなりそんな強そうなので平気ですか?食前酒みたいなのも持って来れば良かったですね。」
「子供の癖に分かったような事を言うんじゃない。別にこれだけでいいさ。お前は茶だぞ。」
「分かってます。」
本音は私にこれを沢山飲ませたいんだろ。まったく。
「うん、うまい。」
「良かった。」
本当に美味くて気分が良くなった。
ホープも嬉しそうにしてたが、不純な気持ちが混じっているのは間違いない。
二人の気持ちの根底にあるのが何であれ、食事は非常に楽しく和やかに進んだ。
美味い酒、まともな料理、良き話し相手………。
彼は、私にとって何なんだろう。
友人?弟?申し訳ないが恋人ではあり得ない。
恋をしてるなら思い出さないなんて事は無い筈だからだ。
「それ、美味しいんですか?」
「うん?ああ、美味いが大人の味だぞ。」
「ちょっと、一口だけ味見させてください。」
「お子様はダメに決まってるだろ。」
ピンときた。
「ほんのちょっとでいいですから。」
だからこれは茶番だ。
「ちょっと、舐めるだけですよ。」
私のグラスに手を伸ばしてきた。
それを私は体を横にしてぎりぎりで届かないようにする。
「ずるいですよ。大人って。」
立ち上がった。
お前は子供であることを利用してないとでも?
この曲は感傷的すぎだ。
テーブルを回り込んでくる。
私はさらに避けるように体を捻ってグラスに口を付けた。
どうなるか誰だって予想できる。
ホープの手が私の手首を捉えて、グラスが口から離れ、代わりに彼の唇がやってきた。
「う‥‥ん‥‥ウェホッ‥」
予想はしていた。
してはいたが飲みかけてた酒が気管に入って激しくむせてしまった。
「ケホッ‥‥んんっ‥」
ホープはむせる私を見て止めるかと思ったのに、構わず唇を求め続ける。
さっきまで子供の顔をしていたのに、もう別人だ。
「もうこれで‥‥ん‥ェホッ‥約束は果たし‥‥」
むせて苦しい。
またか。
「そんなの‥‥止められる訳ないってことくらい‥‥」
それはわかっているけど。
彼はまだ私の手首を強く掴んでる。
男の力というより子供の必死さを感じる。
ふいにその手を強く引き上げられ半ば立ち上がるようになったが、身長差があるので中腰のまま、椅子の後ろにあったベッドへ引き倒すように投げ込まれた。彼が私を抱え上げてベッドへ投げるのは不可能だからな。
それでも結果としてその光景はひどく扇情的だったに違いない。
中々咳が止まらない。
ベッドの上で身悶える女。
ホープはすぐには来なかった。
大人の男のようにこの眺めを楽しんでいるのかもしれない。
いくらなんでも、もう少し抵抗するべきだったか。
いや、その前に私の中には一片の理性もないのか。
このまま成り行きに任せてしまっていいのか。
私は往生際が悪いな。
そう思った時にはもう……。
ベッドが新たな重みを受けてきしんだ。