どうしたって。
全部僕の想像に過ぎないんだよなぁ。
いくら考えたって確かなものがないとどうにもならない。
ファルシやパルスの研究者っていたんだろうか。
いたはず………だよな。
どの程度のものかわからないけど。
ファルシの管理の下だったから知りすぎたものは消されていたのかもしれないけど、PSICOMの中にはパルスの専門家くらいいないとおかしいよな。
生き残っているのかな。
そうだ、いまのヲルバにはPSICOMから流れてきた人がずいぶんいるって言っていたっけ。
聞いてみればよかったな。
そういえばマーキーさんが言ってた凄い話ってなんだろう。
まさかあの一緒にいた超美少女と結婚するとか?
いやまあそんな雰囲気は出てなかったけどね。
しっかしすっごく可愛い子だったなぁ。
まるで人間じゃないような…………。
ん?
あれ………。
まさか……本当に人間じゃないのか?
………まさかあれファルシ?
そんなわけ……。
そんなわけないよな。
だってバルトアンデルスはもっと上手く、人間ぽく化けてた。
あの女の子、あれじゃあ怪しすぎだ。
目立つ容貌。見たことない素材の服。
浮きすぎている。
ファングさんやヴァニラさんも変わった服装だったけど、それとはまた違う方向性だ。
でも、そう。そういう意味ではパルスの出身者と言われれば納得してしまいそうな感じだ。
まさかその通りなのか?
それが『凄い話』なのか。
いや、それならそれは凄すぎる話で、ヲルバ中が大騒ぎになってもいい。
ヲルバどころか、コクーンにいた人々皆が大騒ぎになるはずだ。
ああ、また考えてしまう事ばかりだ。
ライトさんに向かって考えすぎだなんて言ったのは自分なのにな。
何も考えずに、ただいちゃいちゃ出来たらいいのに。
そうしたいな。
そうしたい。そうしたいよ。
でも他の問題が片付いたとしても、肝心のライトさんの気持ちっていう最大最高の壁が立ち塞がってるんだけど。
けどそのことだけで悩んでいられるなら、それはそれで幸せだよなぁ。
あの人の事ばっかり考えてればいいんだもの。
まぁしかし、そうはいかない。
学生で結婚してるほかの子達も、只一緒に居たいだけっていうのとは違う。
一緒になって家庭を作ることが、コクーンに居たときよりずっと切実なものになったんだ。
追い詰められてはじめてわかる家族の大切さ。
失うことで得るものもあるってわかったけど、その失った為の痛みが大きすぎて………。
辛いのはみんな一緒か。
父さんを一人にするんじゃなかったな。でもあそこで一緒に暮らすのは無理だろうし、早く新しいパートナーを見つけてくれるといい。
その人を僕が母親と呼べるかはわからないけど。
大平原。
ここに帰ってくるとほっとする。
ライトさんもここが好きだと言っていた。
ここに来て、あの大きな亀やタイタンを目の当たりにして初めて、ああ僕達未知の世界に来ちゃったんだなって、あの二人を除いてみんな衝撃を受けたんだっけな。
あの時は元の生活に戻ることばっかり考えていたのに、今となってはこの景色が、ここの暮らしが馴染みつつある。
大平原と言いつつも、あちこちが深い谷に分断されていて以前は平原の一部しか行き来できなかった。
いまでもそう簡単に行けはしないけど、いつかコクーンの廃材で橋を造れないかってライトさんと話をした。
そうだ思い出した。そのときライトさんがスノウに頼んでみるか、と言ったのがちょっとショックだった。
さっきのセラさんとの話でも思い知らされたけど、あのスノウが、なにより誰よりライトさんにまでそんなにも頼りになる存在として認知されてきてるのが、それはもう悔しくて。
結局また、まだまだ子供の自分に嫌気がさす。
今やってることだって、なんのことはない『お使い』もしくは『お手伝い』だもんな。
あとは………情けないけど『おもちゃ』がいいとこだし。
まあ、これはまんざらでもないっていうか決して嫌じゃないけど。
いや、訂正。
嫌じゃないどころか嬉しくってしょうがないんだ、本当は。
やっぱり一緒に暮らすって最高。
あの二人だけの家に帰るのもすっかり日常の事として定着して、きっとずっとこのまま………。
って、あれ?今うちの崖っぷちに男性っぽい人影が見えたような?
誰か来ているのか?
男、だったよな。
まさかライトさん………。
いまあの男と二人きり?
僕は、全身が総毛立つような恐怖とも焦燥ともつかない気持ちに突き動かされて、思わず走り出しわき目も振らず一気に階段を駆け上がって家の前へ躍り出た。
僕はよく勘が鋭いと言われてきたけど、その分早とちりな性分も持ち合わせているらしい。
上がりきった場所で見た光景に僕は脱力した。
なんだこれ。
うちの前に人がうじゃうじゃいる。
よくよく見回してみると獣医と思われる人たちと、あとはノラのメンバーみたいだった。
「ああ、ここ君のうちなんだ?」
そのノラのメンバーらしき一人から、ふいに話しかけられて一瞬とまどう。
「ええ……、あっ!あなたは学校にいた…?」
「うん、そう。ついさっきまで平原で狩の練習をしてたんだけど、急な依頼が入ったとかでここに来たんだ。」
彼は『既婚者クラブ』で見た顔だった。
すぐに分からなかったのは一度顔を合せただけである事と、学校で見たときの様子と今の雰囲気が違っていたからだ。
休憩中みたいだったけど、仕事をしてるせいか学校にいた時より2割り増しはかっこよく見える。
「急な依頼?」
「うん。あそこにいる獣医さんたちのお迎え。疲れちゃって自力で帰れそうにないんだって。」
「ああ、あのヒナ達を相手にするの大変だもんなぁ。」
「みたいだねぇ。それに午前中ここまで歩いたらしいからね。」
「え?よくまあ……。」
平原の景色を見て、ワクワクして冒険したくなっちゃう気持ちはわかる。
何も知らずに来た僕達と違って、パルスを前人未到の地として恐れてはいないから、やってみようという気になっちゃうんだろうな。
おそらくノラの護衛つきで来たんだろうから、それほど危なっかしいことはなかったんだろうけどまあご苦労様だ。
獣医さんとはこの先もお世話になるだろうけど、うちが得意の客になるより彼らがノラのお得意様になってしまうだろうな。
「ああ、そろそろ帰るのかな?」
ライトさんが誰かと言葉を交わしているようだった。
「そのようだね。」
「また学校で会いましょう。」
「うん。君もがんばりなよ。」
僕達もそう挨拶を交えたそのとき、そのライトさんの話し相手が大きな声を上げた。
「じゃー奥さん!また来るから!体に気ぃつけてな!!!」
思考停止に陥る僕。
奥さん?
ライトさんが『奥さん』て呼ばれてる?
奥さんって………僕の?
言われたライトさんは顔を伏せてしまって、いまどんな表情をしているのか判らなかった。
怒ってるのか、もしや照れてるのか。
出来ることなら駆け寄って今すぐ確かめたい。
でも大勢の人の前でさすがにそれはできないな。
この人たちが帰ったら、さりげなくどんな気持ちだったか聞き出せるといいけど。
うわ、なんかドキドキしてる。
奥さん。
ライトさんが奥さん。
ふふ。あ、やばい顔がにやけてるかも。
早く二人きりにならないかな。
どうやって聞き出そう。
素直には言わないだろうから、えーと………。
しかし僕のそんなワクワクドキドキは、サッズ・カッツロイという思わぬ伏兵の施した罠によって全く別方向のものに変えられた。
その日僕は、『プレゼント攻め』という言葉をそれこそ体に刻み付けられたのだった。