ファルシ・タイタン……、あれは―――。

「あれは、たぶん大丈夫だと思います。」
「うーん?スノウもそう言ってるけど………。」

そう言ってみたものの自信はなかった。
けど、危険な感じはしない。
ファルシが人をルシに変える状況をあれこれ想定しみると、どうもタイタンはそういう状況が思い浮かべにくい。

例えばビスマルクやアトモスなら、神との接点を『場所』に求めている。
ビスマルクは水の中、アトモスは土の中といった風に。
空を飛び回っていたダハーカもそうだったのかもしれない。

バルトアンデルスとオーファンは『命の消費』、もしくはその瞬間に鍵があると思っていた。
思わされていた、と言った方がいいのかな。

しかしここでアニマが何を目指していたのか大いに気になる。
アニマと前の二者は同じことを考えていたのか?
コクーンで大量の死者を出すために人間を増やし続けたファルシと、コクーンを壊すためにルシを作ったファルシ。
ともすると、両者で連携プレーでも行おうとしたかに見える。
今となっては知る由も無いけど。

タイタンの場合、関心があるのは生命そのもの。

それは一体どういうことなんだろう。
命の中に神との接点がある?

いつか神を呼び出す能力があるものが生まれてくるとか?
まさかその中から神そのものが生まれてくる?

わからない。
タイタンと話ができればいいけど、ルシでない今、まして1人ではとても近くまで辿り着くことは出来ない。
飛空艇で空から、なんてタイタンが許すようにも思えない。

どうするか…………。
こんな話を目の前のこの人にすれば、きっと心配になってしまうだろう。
それはだめだ。

「タイタンとは話が出来ますし、急に僕達をルシにするような切羽詰った状況は中々ないと思いますよ。」

嘘を言ってるわけじゃない。
タイタンには、僕達が勝ち抜いたことを認められてる。
でなければ 《命の流れを未来に繋げ》 という言葉は出てこないはずだ。
だから、タイタンによってルシにされる事はそうそう無いと思う。

「そんなに分かり合える相手なんだ。」
「分かり合ってはないですけど……。」

言葉が通じるなら理解しあうのも可能、のような気はする。
けど、ファルシのことなんてまだ全然分からない。
ずっと傍で寄りかかって暮らしてたのに実は何も知らなかったんだから。

じゃあファルシの方は人間のことを何処まで分かっているんだろう。
バルトアンデルスなんかは、分かっているようで結局分かってなかった気がする。あんなに話をしたのに。
タイタンはどうなのか。
知りたい。もっと。

「ホントは少し不安なんでしょ。顔に出てるよ。」

図星だ。
その通りだけど、悟られるのはまずい。

「いえ、ファルシのことじゃなくても、離れてると心配なんですよ。」

不安ではあるけれど、それを周りに撒き散らしてはいけない。

「孕ましたんだもんね〜。」

孕まし……。
飲んでたお茶を噴き出しそうになった。

ファルシについての考察なんて一気にふっとんだ。
そうだ、セラさんはライトさんの只一人の親族。
今はファルシの脅威より、目の前のこの人の方が怖い。
いよいよお小言か?

「……すいません。」
「私に謝っても…ねぇ?」
「すいません。でも、責任はきっちり取るつもりで一緒にいます。」
「責任かぁ。それは気にしなくていいんじゃない?」
「え?」

意外な言葉だ。

「元々1人で産むつもりだったんだから、誰かに責任を求めたりしてないでしょ。」
「それは……そうかもしれませんけど……。」

それはむしろ痛い言葉だ。
責任という大義名分がなかったら、なおさら一緒にいる理由がなくなってしまう。
僕自身を求めてるのではないのなら、せめて責任ぐらい求めて欲しい。

「……一人より二人の方が良いに決まってます。今はまだ、身の回りの細々したことくらいしか助けられてませんけど、すぐにもっと頼れる男になります。だから………。」
「はいはい、そうしてね。……じゃあ、そろそろ帰る?離れていると心配なんでしょ?」

やけにあっさりしている。
親ではなく妹だからか?

「あの……、そんなんで良いんですか?もっと僕に文句を言うとかないんですか?」
「ないよ?お姉ちゃんだって一人前の大人なんだから、自分でこうと決めたなら私が口を挟むことじゃないし。ねぇ、お姉ちゃんのことバカにしてんの?」
「えっ…いえ、そんな……。」

なんだか既視感を覚える。
莫迦にしてるつもりなんて一切無いのにそう見えるんだろうか。

「だからね、別にホープ君がお姉ちゃんのことが好きで一緒にいて、お姉ちゃんがそれを許してるならそれで良いと思うよ。さっき自分でもそれでいいって言ってなかった?」 
「それは僕がそれで良いって話です。セラさんまで、あっさりそれで良いと思うなんて意外でした。」
「そう?よかったでしょ、ねちねち嫌味いわれなくて。それともホントはいじめられたかった?」
「僕はそんな趣味は無いです!」
「あはは、じゃあそろそろ愛しいお姉ちゃんの所に帰る?」

ほっとしたような、拍子抜けなような気分だ。
この人思ってたよりかなりさばけた人なんだな。

「そうさせてもらいます。」
「ごめんね、追い出すみたいで。今は私も忙しいの。」
「いえ……。あ、そうだ、ライトさんからお土産預かってました。」

僕はバッグから数個の丸い塊を取り出した。

「なあに?あ、球根?」
「ええ、セラさんが喜ぶだろうってライトさんが自分で採って来たんです。」
「うん!うれしい。」

そう言って笑うセラさんの姿は、それこそまさに咲きこぼれる花のようだった。
スノウはこの笑顔にやられたのかな。
セラさんとスノウがどういう風に知り合って、どんな経緯で深い付き合いをするようになったのか聞いたことがない。
もし機会があったらじっくり聞いてみたいけどみんな忙しいし………、少なくともライトさんの出産前はそんな暇はないかな。

出産か………、早く帰ろう。顔が見たい。










帰り道で、もう一度タイタンについて考えた。

タイタンがルシを作るならどんな状況か。
生命の中に何を見てるのか。

何かが進化に行き着くと神が出現する?
なんだか神から採点されてるみたいだ。このレベルに達したら戻ってきますよって。

そうでなければ?
神を呼ぶ力を持ったものが生まれてくる。これはたぶんどんな生物でもかまわないはずだ。
人間のような知的生命体にかぎるなら、神を呼び出すことの出来る装置を作るとか………、または神の出現を阻害している結界みたいなものを破壊するとか。

………それはファルシ自身では出来ないんだろうか。

ああ、そうだ。ファルシは一つのことしか出来ないんだ。
僕達の知らない他のファルシで試してるのがいるかもしれないけど、少なくともタイタンが直接それをやってみるなんて事は出来ないんだ。

そこでやっぱりルシなのか。
うーん、しかしルシにすればいいんだったら進化を待つ必要も無いわけで……。

じゃあタイタンがルシに期待するとしたら一体何を?

たとえば………、生命の進化に邪魔になるものを排除するためとか?
それだと『淘汰』と矛盾するか。
弱い物は死ね、だもんな。
生き延びられないものに興味はないみたいだし。

でももし……、タイタンがこれはと見込んだものがいたとしたら?
その見込んだ個体が危機に陥った時、タイタンが生き延びさせたいと思ったら?

そしたら………。

脳裏にあの人の顔が浮かんだ。
タイタンはよく僕達のことを見ていたような気がする。僕達ではなく彼女を見ていたのか。

まさか……。
あのお腹の中に神と接点のある子が―――?

いや、それだと僕達は既に進化が行き着いてることになる。
それなら今迄だっていくらでも――。

そうじゃないのか。
必ずしも『進化』にこだわる必要はないのか。

進化でなくても、変り種が生まれてくる可能性があれば期待することもあるかもしれない。
なにより実際がどうなのかではなく、タイタンがどう考えているかが全てだ。

タイタンがそう見込んでいたなら、お腹の子に何かあると思い込んでいるなら、その子を守るために近くにいる者をルシにする可能性はある。

そんなの……。
そんな役目、誰にも渡したくない。
彼女を守るルシになら誰より僕がなりたい。

僕はスノウのように他人のためにまでルシになってもいいとは思えない。
人の為になることなら、人のまま成し遂げたい。

でも彼女が関わる事なら。
それに強大な力が必要なら。

人の気持ちって変わるものだ。
ルシにされたあの時、みっともなく周りにあたりちらして醜態をさらしたのに、今となってはあの力が恋しいんだから。

また敢えてルシになりたいなんて、あの人が僕のこういう気持ちを知ったら軽蔑するかもな。
それでもいい。
あの人のためなら何だってしたいんだ。

早く――――、早く帰ろう。