「あの、皆さん僕がルシだったことには抵抗ないんですか?」
「あ?さっき言ったろ、あいつから色々聞いてるから。」
「いつの話してんだよ。」
僕は、パージで生き残った他の人達の事をあまりよく知らない。
「あの人そんなに詳しいんですか。」
僕とは別の視点からコクーンの壊滅を見てた人。
「さあ?お前よりは詳しくないんじゃね?」
「せっかくの自分の苦労話を吹聴し損ねたか?」
「なに、お前。もしかして悲劇の主人公気取りかよ。」
「えっ?いや、そんなんじゃないですけど。」
「自分だけがこの世の主役じゃねえぞ、おい。」
「そーそ、みんなそれぞれ修羅場くぐったんだからな。」
「ぎりぎりを生き延びたんだよ、俺達だって。」
辛かったのは皆一緒か。
それにしても周り中敵だったあの頃が嘘みたいだ。
みんな意識変わったんだな。
「あ、そーだ。んでルシの力はもうねぇの?」
「無いですよ。全く。」
「なんだ、やっぱりそうなのか〜。」
「ただのチビかよ〜。」
悩み聞くとかいいながら、ひとが気にしている所を抉りまくるなぁ。
「ルシだった頃に鍛えられた、動体視力みたいなのは残ってますけど……。」
まあ、反射神経みたいなのは大体そのままなんだけど。
でも体がついていかなかったりする。
「他には?」
「だから他は無いですって。それどころか、みんな元に戻った直後はリハビリが必要だったくらいですよ。」
「なんで?」
「うーん…推測話ですけど、ルシだった時って元の筋力にルシの力を乗っけて動いてたみたいなんですよね。」
「ああ、それが急に無くなって。」
「ええ、でも脳の方はその動きに慣れちゃったもんだから、もっと早く動けるはず、もっと力があるはずって思っちゃって……。」
「なるほど、むしろパワーダウンだなそりゃ。」
「初めの頃なんか、全力で走ろうとすると脚がもつれてみっともなかったですよ。」
あのライトさんでさえそうだったというのだから、みっともないなんて言うと怒られそうだけど………。
でもあの人はこういう事に対しては冷静さを発揮するから、あっという間に克服したみたいだ。
その他方面には割りとすぐに熱くなるタイプだと思うけど。
あの不安定さ、あの危なっかしさが堪らないんだよなぁ。
「それでよく結婚してもらえたなあ。」
「いや、だから嫁も同じなんだろ。」
「むしろだからちゃんと結婚してもらえてないんじゃねえの?」
ううっ、言葉が刺さるんですけど。
いくらなんでも初対面で好き勝手に言いすぎじゃないか?
「ちょっと!いい加減にして下さいよ!」
ただからかわれるだけなんだったら、こんなとこもう来たくない。
「あはは、怒るなって。」
「まあまあ落ち着いて。」
「どうどう。」
「こんなだけど皆けっこう中身は大人だから。」
なにが大人だよ。みんな僕とおなじくらいのくせに。
「だからお前もさ、過去のことはそんなに心配することねーから。」
「ここではな。」
「他んトコだと、逆恨みする奴も残ってるから気をつけろよ。」
何だよ急に。優しいのか何なのかわかんないな。
「まだゆっくりしていけんのか?」
「あ、いえ僕おつかい頼まれてて………。」
「いきなり “子供のおつかい” かよ。」
やっぱり腹が立つ。
「もう僕はこれで失礼します。」
多少怒った表情を強調してその場を後にした。
「おう、また顔出せよ。」
背後から、おつかいがんばれよー、と言う声が上がったがもちろん無視して歩み去った。
正直言うと本当はそんなに嫌じゃない。むしろ居心地いいと思えるくらいだ。
いままではどの教室に行っても誰かと親しくすることなんてなかった。明らかに避けられてたという雰囲気は無かったから、もしかしたら自分の方が拒絶の空気を作り出していただけなのかも知れない。
また顔を出してもいいけど、のこのこ弄られにやって来たと思われるのは癪だな。
なんか口実があればいいけど。
ちょっと我ながら情けないな。
テー人タワーの周辺は様変わりした。
なにが違うって、谷の中へ飛空艇や建材を詰め込んで強引に住居などを造りあげ、ちょっとした地下都市みたいになっている。
おかげで向こう側に渡れるようになったし、向こうにも街のようなものが出来ている。
ここに集まったのは、テー人タワーがあった事と、元々枯れた土地だったせいか魔物が少なかったのが好まれた理由みたいだ。
しかし水をどこかから引かなければいけないわけで、ここからだとスーリヤ湖が一番に思い浮かぶのだけれど、そこはやはりファルシ=ビスマルクが暴れださないかとビクビクものだったらしい。
実際には、湖から流れ出てくる方の水を拝借したところでビスマルクにとってはどうでも良かったようだ。
それで足りない分はヲルバから引いてると聞いた。
スノウが、水の利権をもっとしっかり押さえて置くべきだったとぼやいていたらしい。
それを耳にした時、あのスノウが随分ケチ臭いことを言うなと感じたけれど、人がパルスに降りてから数ヶ月の間にノラは一大勢力になり、膨れ上がったヲルバの人々を一身に背負っているなら、そういうぼやきも出るものかもしれない。
動く物の気配がまるでない。
タワーからヲルバ周辺のシ骸達は駆逐されたようだ。
だがそれが辺りの風景をより一層荒涼としたものに変えている。
何もかも止まって、時間まで止まったみたいだ。
ノラの皆、よくあんな所で暮らしているな……。
うちだってかなりの辺境だけど、周りは生命にあふれている。
スノウがあの場所を大事にしたいという気持ちはわかるけど、感傷だけで生活はしていけないだろうに。
ヲルバ郷―――。
あの2人の故郷。
久し振りに訪れて僕は驚いた。
ここも様変わりしている。
人が住み着いて暮らすと、こうも変わるものなのか。
変わりすぎて淋しいような――、少し腹立たしいような。
でも魔物がうろつくことなく、きちんと整備された石畳を人が行き交う光景を見ると、あの2人も喜んでくれるんじゃないかと言う気にもなる。
どこかから小さい子供たちの遊ぶ声がよく通って聞こえてきて、とても明るい気持ちになった。
「セラさん、お久し振りです。」
父さんから貰ったお酒を、店に持っていったとき以来だ。
「あれ?ホープ君、どうしたの?」
「ライトさんから頼まれて、セラさんのところの野菜を貰いに来たんですけど。」
「えっ……、誰か代わりの人が来るからって言ってたけど、ホープ君のことだったんだ。」
「ええ。今日はライトさん外出できない用があるっていうんで。」
セラさんは少し顔を曇らせた。
「お姉ちゃんと……頻繁に会ってるの?」
「え?頻繁どころか一緒に暮らしてますけど?」
あ、ライトさん、セラさんに言ってなかったんだ。
「ちょっ…、一緒にって……。」
目を見開いてこっちを見ている。
混乱しているみたいだ。まあ、無理もないと思うけど。
「あ……、だってお姉ちゃん何にも言わないから……。」
「ああ、言い辛かったのかもしれませんね。」
やっぱり僕って、ライトさんからしたら心理的に人目を憚りたい相手なんだろうし。
自慢したくなる男になりたいよ、ホントに。
「……その……、お姉ちゃんの赤ちゃんって…………。」
「えーと……、僕です、僕のです。」
これは流石に僕も言い辛かった。
セラさんが僕を変な生き物でも見るみたいな目で見てる。
「お、お姉ちゃんの趣味ってこうなんだ……。ひどい!いつもあたしの趣味に文句言うくせに!」
それについては深く突っ込まないようにする。
「僕はライトさんの好みじゃないと思いますよ。」
好みとか聞いたこと無いけど。
「……好みじゃないって。でも好き合って一緒に居るんでしょ?私知らなかったから、ずっとホープ君はお姉ちゃんに片想いしてるんだと思ってた。」
「今でも片想いですよ。」
僕がいくらガキでも、恋をされてるかどうかぐらいわかる。
優しくしてくれるし、仲良くしてるし、セックスもしてるけど………、でもそこまでだ。
たとえば僕に対してときめいたり、嫉妬をしたり、そういうのは伝わってこない。
ないんだそういうのは。
「……そうなの?でも……お姉ちゃんはホープ君を受け入れたんだよね?」
聞き様によってはえらく直接的な言い方だな。
そういう意味でも、受け入れられたことは事実だけれど。
「あの人が受け入れたのは、僕じゃなくて『現実』でしょ。」
「現実って……。」
「子供が出来て、その父親が現れたから一緒に暮らしてるってだけですよ、たぶん。」
「いいの?それで。」
「いいも何も、これ以上は贅沢ですから。」
「………そう。………そうなんだ………。」
セラさんはそう言ったまま、放心したように黙り込んだ。