「はい、ごけっこんおめでとーーー」
「ようこそ既婚者クラブへ〜」
「わーーぱちぱちぱち」

えっと……皆さんすごく棒読みですけど。

「あの……まだ結婚には至ってないんですけど。」
「ハァ?」
「じゃあなんでここに来たんだよ。」
「イヤー、まだ手続きしてないってだけじゃないの?」
「ああ?もう女と暮らしてんだろ?」

皆でいっぺんにしゃべるから、誰に答えていいか分からない。

「あ、あの……、そうです、手続きがまだ……。っていうか、まだ申し込んでないので。」

住所が変わったので学校にその旨を伝えると、当然のごとく現在の生活環境についてあれこれ聞かれた。
いくら世の中が変わったとはいえ、相手の女性とどういう関係かとか、子供の有無などを話すのは何だか悪い事をしているようで始終落ち着かなかった。
だけどそれは僕だけのことで、向こうは慣れたものでてきぱきと処理していった。
そしておもむろにこう言われた。

「既婚者クラブに顔を出していってください。強制加入ですから。」

既婚者クラブ……。
なんとなく耳にはしてたけど、強制加入とは知らなかった。
何をするところなんだ?
ただの同好会みたいなものかと思ってたけど。







「いやまあ特に活動とかないから、同好会ですらないかなぁ。」

まだそれぞれの自己紹介もしていなかったが、先に僕の疑問に答えてくれた。

「え?でも入らなきゃいけないんですよね?」
「そりゃあまあ、学校の方でも管理把握しなきゃなんないから。それだけ。」
「そうなんですか。」
「それにさぁ、前と違って生徒が正式に結婚しているわけだからさ、そーゆー奴ならではの悩みとかをさ、誰かに相談できるようにー、ってことみたいよ。」
「ああ、なるほど。」

もう少し詳しく聞くと、当初はクラス分けをしようかとなったそうだが、後からどんどん増えていったらどうするんだ、ということで全員もれなく加入させるクラブを作ることにしたらしい。

「これで全員ですか?」

数えるほどしかいない。
これだけなら教師達の心配は杞憂だったことになる。

「まさか。所帯持ちがそんなに暇なわけねーだろ。」
「みんな授業を調整して丸一日仕事とか、何日も来なかったりザラだよ。」
「女子は別の部屋だしな。」

ああ、そりゃそうか。

「で?悩みはあるか?」
「えっ……。」

悩みか………。
あるといえば沢山あるような気もするし、ないと言えばないような……。
気持ちはいつもモヤモヤしてるんだけど、状況的には凄く幸せなはずなんだよなぁ。

「言っとくけど背が低いとかは俺等じゃどうにもならないからな。」
「え、ちょっと今のグサッと来たんですけど。」
「あはは、心配すんなよ。成長期なんだからこれからでっかくなるって。」
「あっちもな。」
「保証はしねーけどな。」

どわはは、という笑いが巻き起こった。
なんだかすごく平和だ。

「まあそれは悩んでもしょうがないので……。」

僕は元々背が低い。
以前はひそかにあれこれ試したりもしていた。
いまはそんなことやってる余裕も無いし、背が高くなるように努力しているところをあの人に見られたくないし。
絶対笑われるに決まってる。
笑顔は見たいけど、そういう笑いは欲しくない。

「じゃあ他になんかあるか?」
「あれだ、金だろ。」
「ああ、まだチビの小僧だもんな。」

いきなりチビってハッキリ言われた。
けど歳はそう変わらないはずなのに、なんだよ。

「でもどーせあれだろ?嫁さん年上だろ?顔がそう言ってるぜ。」
「あー食わしてもらってんのか?」
「仕事なら紹介できるぞ?どんなんがいいんだ?」
「女子の方のつてからも引っ張ってもらえるぞ。こっちは保証できる。」

だからいっぺんにしゃべるなって。

「えと……、お金は充分あります。仕事は興味はありますけど。あと、嫁さんじゃないです……。」

『嫁』というのが全くピンとこない。
あの人にも僕にも似合わない言葉のような気がする。
実際の生活も全然そんな感じじゃないし。

「なんでだよ。そんなに稼ぐ女なのか?」
「けどよ、お決まりの妊娠コースなんじゃねぇの?いつまでも頼れねーだろ。」
「だからどんな仕事がしたいんだ?」
「嫁でいーだろうがよ、メンド臭ぇな。」

まとまりないなぁ。答えにくいじゃないか。

「僕の蓄えあるし、家畜の飼育委託されてて一定の収入があるんです。」

あ、まずったかも。

「貯え?」
「家畜ってなに?」
「飼育なんてどこでやってるんだよ。」
「それより委託って?」

多勢に無勢とはこのことだな。
それにしても失言だった。
あまり自分のことを知らせないほうがいいのに。

「あ……、えっと……。」
「その子ほら、元ルシだよ。」

今まで会話に参加していなかった人物が突如発言した。
平和な空気がぴたりと止まり、僕は緊張してこれから注がれるであろう敵意や蔑視に身を硬くする。
しかしそれこそ杞憂だった。

「ええっ、なになに?ルシって報奨金とかもらったの?」
「まだ魔法とか使えるのか?」
「なんか優遇措置とかあんのかよ。」
「現役の頃どーゆー生活してたんだ?」

え?同じノリ……。

「そんないっぺんに答えられないだろうよ。」

僕をルシだと指摘した人に助け舟を出された。

「ここに居る連中は理解ある方だから、そんなに強張んなくていいよ。」

さらにそう僕に声を掛けて、じゃー俺仕事あるから、と言ってさっさと出て行ってしまった。

「あいつさ、パージの生き残りなんだよ。」
「えっ、じゃぁ………。」

あの時会っていたのかも。
いや、もっと言えば彼がルシになってた可能性もある。
ヴァニラさんが声を掛けたのがたまたま僕だっただけで………。

「あいつから結構色んな話聞いてるよ。」
「お前からしたら裏話だろうけどな。」
「んで今ノラで仕事してんだわ。」

ノラで………。
縁って不思議だ。
もしパージが行われなかったら。
セラさんの使命がルシ候補を集める事なのだとしたら、パージがなくても多分ライトさんとスノウはルシになっていたと思う。
サッズさんもそうかもしれない。
無関係とはいえないからだ。
ファングさんとヴァニラさんは元からルシだから、6人の中で僕だけが余計なんだ。
僕は関係ないのに。
あの時そう叫んだ僕。
その通りなんだ。余計というか余分と言うか計算外というか。
居るはずのなかった人間。
おまけの少年。
それが僕だ。
これを災い転じて福と成す、と言っていいのかわからないけど、不幸な偶然によってあの人に会えた。
今は、あの人に出会えなかった人生なんて想像するだにぞっとする。
もし、さっきの彼と僕の立場が入れ替わってたりしたら―――。

「ん?嫁さんもルシだった人か?」

僕はうっかりハイと言ってしまった。

「あーあの映像ちょっとだけ覚えてるぞ。」
「でも内2人はコクーンを支えてクリスタルだろ。」
「どの人だっけ………。」

どうしよう。秘密にしておくべきなのか?
でももう遅いかも。

「思い出した。」

ドキリ。

「俺達はお前の悩みは聞かない。」
「はい?」
「お前な、あんなのと結婚しといて悩みとかふざけた事言ってんじゃねえぞ。」
「いやあの、だから―――。」
「やー、むしろ相手があれじゃ悩みは尽きないんじゃね?がんばれよ、ははは。」

ぽん、と肩を叩かれた。
励まされたというより、不安を煽り立てられた気がする。
やっぱり誰が見ても高嶺の花なんだろうなぁ。
あ、でも戦ってる所を見てるわけだから、そういう意味じゃないかも。
でも僕その戦ってる姿が好きなんだけど。いや、それだけじゃないけども。

「たぶん想像しているような生活じゃないですよ。」
「あん?やらせてもらえねえの?」

あの、まだ真昼間なんですけど。

「ああ、あの混乱の最中についやっちゃって、後になって冷めちゃったってのもよくある話だからねぇ。」

耳が痛い。
僕は冷めてないけど、あの人は……。

「いえ、ないわけじゃないですけど………。」
「歯切れ悪いな。」
「話せよ。その為にあるんだよ、ここは。」

そうか。
いやでも、ただの興味じゃないのか?

「か、彼女の方は……、なんか本気じゃないっていうか………。盛り上がってないような気がするんです。」
「やっぱ冷められてるんだ。」
「うっ………、でも向こうから来ることもあって……。」

なんでこんなに突っ込んだ所まで話してしまってるんだろう。

「それで一度聞いてみたんです。」
「え、お前自ら面と向かって聞いたの?」
「なんだ、意外と行動派だな。」
「聞いたんならもう解決じゃないのか?」

解決なんてしてない。

「そしたらこう言われたんです。

“私が本気を出したらお前なんて3日で干からびるぞ。”

って、それを聞いたらなんだか無力感でいっぱいに………。」

あたりに沈黙が訪れた。

「こいつを処刑しようと思う。」
「ええ?」
「うむ、同じく。」
「同意。」
「どう。」

彼らは僕を囲んで、各々で僕の腕や足を掴み僕を持ち上げる格好になった。

「なっ、何するんですか!はなしっっ――。」
「放すぜ、おらっっ!」
「わあぁっっっ!」

僕は窓から放り投げられた。
廊下に。
しかし叩きつけるのではなくて廊下を滑るように綺麗に投げてくれたようで、それほどダメージはなかった。
突如巻き起こったルシへの嫌悪……ではないよな。それならこんなのではすまないと思う。

「あら、なーに?この子。」

上から女の子の声が降ってきた。

「あーそいつ新人。かわいがってやってくれよ。」
「あらー、どっかの年増に食べられちゃったの?」
「あー、そーゆー顔してるよね。」

やけに擦れた物言い。
既婚女子の子かな。

「なになに?いじめられてるの?」
「悩みがあったら聞くよ?」

いや、もう悩みの話は………。

「そいつの悩みは今聞いたよ。」
「ベッドで本気出してもらえないんだと。」
「んで、“アタシが本気出したらアンタなんて3日で骸骨よ!”とか言われたらしいぜ。」
「えっ、いやそんな言い方は……、イテッ。」

手を女の子に踏まれた。

「野菜の出来が楽しみねぇ。」
「ちょっと手…、イタタッ。」
「そうねぇ。」

足まで踏まれた。女の子達は振り返りもせずにスタスタ歩いて行ってしまった。
なんで僕がこんな目に。
なんなんだよ、もう。僕が何かしたか?

「ああ、名前まだ聞いてなかったわ。何君?」
「ホープ……、エストハイムです。」

結局名乗ったのは僕だけ。

「おー宜しくな、ホープ。」

そして彼らの名前は聞けないままだった。