「いや〜、話に聞いてはいたけど、すっげぇ事になってたよなぁ。」

若い巨躯が言う。

朗らかで明るい口調。
よく見せる、はにかむような笑顔が金髪とあいまって、まるで太陽のようだと思った。
しかし彼はその印象に反してひどく凍てついた名を持つ。

スノウという。

「けどよ、悪くない感触だったぜ。いいかげんコクーンへの立ち入り、解禁してくれよ。気をつけるからさ。」

ズタズタになったコクーンの中は、あまりにも危険な為に民間人の立ち入りは禁止されている。
とはいっても、足も持たない民間人がコクーンに勝手に立ち入ることなど端から出来はしないのだ。

しかし、彼ら―――ノラという組織は以前から改造したエアバイクを乗り回し、ちゃっかりと今も勝手に飛び回っている。
しかもどこから手に入れたものか大量の銃火器を保持し、コクーン壊滅後もすばやく土地を押さえて、このグラン=パルスに揺るぎない地盤を作り上げてしまった。

その彼らが、コクーンから物資を探し出す作業を自分達にもやらせろと言ってきた。

コクーンの中は危険だ。
だが、落下物はあらかた落ち着き、一時爆発的に増え殺気立っていた魔物たちも大人しくなってきている。
正直、もうそろそろ物資の回収の効率を優先させた方が良いのではという意見も出てきていた。

なれば民間人にも門戸を開け、軍は注意監視に徹した方がいい。

「解禁、というのはまだ無理だろうな。まだまだ危険だ。」
「そうだけどさぁ。」

そうはいっても、いきなりいつでもどうぞとはいかない。
今回は軍と合同で魔物の駆除や物資の探索を行ったが、少なくとももうあと数回はこなしてもらわなければ、許可を出した者が責任を問われてしまう。

それに、軍がざっと捜索したとはいえ、まだあの膨大な瓦礫の下に行方不明者が埋まっている可能性もある。
いや、間違いなくまだ沢山あるだろう。
ただし――――、原形をとどめてはいないだろうが。

そんなところを、民間人が宝探し気分でのこのこやって来ても、すぐに音を上げて逃げ帰るのが落ちだろうに。
それとも遺体を見ても平気でいられるほど皆すれてしまったのか。

このグラン=パルスで生きていくには、図太くならないとやっていけないのか。
繊細さや優雅さなど捨てて、獣に混じって泥まみれで暮らしていくのが《新しい世界》のやり方なのか。

望んだのはこんな世界ではない。

だが。
自由を手にすることと庇護を失うことは表裏一体だった。
たとえ皆刈り取られる運命だったとしても、守られていた記憶のなんと甘いことか。

「あんた元気ないな。」
「……………。」

目の前の青年が無駄に元気なだけのように見える。
若い者は順応が早い。
自分は………。

「あ、そーだ。これやるよ、あんたに。」

若者は手のひらに収まるくらいの小さな箱を出してきた。
もっとも彼の手は大きい。

手渡されたそれは男物の香水の箱だった。

「なぜこれを?」
「んー……っと、ファングが付けてたのってそれだったかなーって。」

だから何故それを。

「………あいつ、気に入ったからって俺のを瓶ごと持って行きやがったんだ。」
「へーえ…………。」

何か言いたげな。いや、何か知っているかのような表情をしている。
お前―――。

「あいつと寝たろ。」
「うっ……いや、ほら…………。あれはその、食われたっつーの?野獣みたいな女じゃん。」

馬鹿なガキだ。誰も責めはしない。
いや、この若者は生意気に妻がいるんだったか。

「言い訳する必要なんて無い。」

俺の女ってわけじゃあるまいし。

「なっ、内緒にしといてくれよ、な。」
「俺がわざわざお前の嫁に告げ口すると思うのか?」

若者は気まずそうに後頭部を掻いた。

「ファングか……、懐かしいな。」

思い出す。
あの纏わり付く黒髪。

浮気の口止めを願い出た男は、更に眉根を寄せた。

「なんだよ……、懐かしいとか言うなよ。」

自分にとってはもはや懐かしい過去だ。

思い出になった女。
あいつ、泣きボクロなんかあるくせに、刺すような眼差しをしていたな。
厚い唇も魅惑的だったが、どこか寂しげで、よく子供のようにとがらせていた。

野獣だと?
女の可愛がり方も知らんのだな。

「あいつら、あそこに居るんだぜ。懐かしいなんて……、まるで死んだみたいな言い方するなよ。」

知っている。わかっている。
だが手も触れられないものを。

「あんたさ、ファングのこと好きだったんだろ?」

ガキが。

「ちゃんと向き合えよ、あいつらと―――。あいつとさ。」

壁に奇妙なものが飾られている。
ひとつは、二股に分かれた釣竿のようなもの。
もう一つは、複数の筒を組み合わせた棒状の物。

お前も―――。

「お前らは何でここに住み着いた?」
「そりゃあさ、あいつらの故郷だからな。そのうち家族でいっぱいにして、あいつらの帰りを迎えてやるぜ。」

金髪が揺れる。
太い首。
広い肩。

あの赤銅色の肌が、この男にも。

「なぁ、あんたも辛気臭い顔はやめてさ………。」

俺を励まそうとしてるのか。
お前もあの女に絡め取られたクチだからか。

「もうちょっと前向きになれよ、リグディ。」

そう言いながら、またはにかんだようにニヤッっと笑った。

こんなまぶしい顔は直視できない。

こんな小僧に慰められるなんて冗談じゃない。

見ていられなくて視線を手元に移した。

見慣れた箱に、見慣れたロゴデザイン。


“SAVAGE HEART”



なるほど、やっぱり野獣に相応しいかもな。