クリスタルに覆われたコクーンが朝日にきらきら光っている。


こんなに―――。
こんなに美しいグラン=パルスは見たことがない。

妹を取り戻した安堵感から来るものだろうか。

でも…………、美しいだけでは………。

それでは再び心に広がった喪失感は埋められない。
ファングは自分たちのことなんて放っておけと言っているようだが、それでは気持ちが治まらないんだ。

幸い妹はあの大男に預けることが出来るのだし、ホープも父親の所に帰せた。
このまま気付かれないようにそっと旅立とう。
妹達はきっと私を引き止めにかかるだろうからな。

私は心の中で妹達の結婚を祝福しながら、彼らの元から離れた。












「あ〜お嬢さんイケマセン!」

お嬢さん?
到底私の事とは思えないが、周囲に該当する者を目にしていなかったので振り向いて声の主を確認した。

「おお〜!美しい方、女性がそんなにお腹を冷やすような格好はイケマセンネェ。」

私はその人物の姿を見て少々怯んだ。

額に六芒星。
鼻から目尻を通って髪の生え際までのV字のラインと、眉間から額の剃りこみ部分までのやはりV字で色分けしたメイク。
下唇の真ん中から顎へも、こちらはAラインでやはり色分けしている。
それも白をベースに六芒星周辺は緑、その下と顎の方は赤という目の覚めるような配色だ。

着ている服もド派手な色使いで、まるで道化師。
というか道化師なんだろう。ノーチラスかどこかのイベントで働いていたか、あるいは役者なのかもしれない。

誰もが着の身着のままで脱出して来たに違いない。
中には入浴中だったり、手術中だったり、果ては愛し合う最中の男女などもいただろう。
格好を見てすぐに人品を疑うのは早計だし失礼だ。

「気を遣っていただいて悪いが、これは制服なので。」

そう相手に告げたものの、こんなにおかしいことはない。
私はあの時、軍を辞めたはずだ。
なのに後生大事にこれを着続けているとは。
身勝手で言い訳がましいが、軍服を着ている時の引き締まるような気分は他のどんな服を着ても得られない。
しかし流石に今後は、これを着るようなことはないだろうな。

「フム。どんな服を着ようが個人の好みでゲスな。」

そうだ、大体この派手な男に言われる筋合いはない。
いや、仕事で着ているのなら仕方がないが、これが単なる趣味だとしたら、こちらとしては大きなお世話だ。

私は早々に立ち去ろうとした。

「あーーお嬢さん!」
「まだ何か?」

応えてしまうと 『お嬢さん』 という言葉を受け入れたかのようになってしまうがしょうがない。

「その大事な物をお預かりいたしましょう。」
「え?」

男は私の胴の前あたりの空間を、右手で何か掻っ攫うような動作をした。

「あーー!!!ますた〜チカンしてるーー!!!」
「わわっ!ポーターちゃんっ!人聞きが悪いデスーー!」

また変なのが現れた。
今度はこげ茶の豊かなロングヘアの美少女。
やはり道化師と同じ何かの衣装のような、またはダンサーか何かのような服だ。
すばらしい美少女だが、少し瞳孔が開いたかのような危うげな雰囲気をかもしている。

「いや、私は触られてはいない。すまないがもう失礼させてもらいたい。」
「じゃあ、ますた〜ドロボー!」
「違うでゲスよ!ああっ、ポーターちゃん今日も美しいっっっ!」
「ドロボードロボー!赤ちゃんドロボー!」

初めは人を見かけで判断してはいけないと思ったが、どうやら撤回した方がよさそうだ。
つい受け答えをしてしまったが、少々頭の具合の悪い連中のようだ。

しかし…住み慣れたコクーンが壊滅してしまうという大惨事の直後だ。
怪我などが無くとも、心に傷を負った者も多いだろう。
可哀想に………、余りの出来事に気が触れてしまったか。

だが私が面倒を見れるわけでもない。
今度こそ立ち去ろうと踵を返した瞬間―――。

世界がぐらりと揺れた。









「………っ眩暈が……。」

突然視界が真っ暗になって、方向感覚も上下感覚もあやふやになった。

「ほら、お嬢さん、お疲れなんですから体を大事にしませんと。」

確かに疲れている。

「ああ、わかっている。」

体が重い。
まるで暗い海に沈められて、必死でもがき苦しんだ後のようだ。

「大仕事を終えた後なんですから、ゆっくり休んだ方がよろしいのでは?」
「いや、私にはまだやることが………。」

大仕事?
ああ、オーファンを倒したのだものな。
しかしあの直後よりひどい疲れに襲われているようだ。
戦闘後の興奮状態のせいで自覚のなかったものが、いまになって現れてきたのか。

「何かお探しでしたら、どこかにしっかり腰を落ち着けて、体をちゃんと癒してからでも遅くは無いでしょう。」

この男……、さっきと違ってまともな物言いだ。
私の偏見だったのか。

戸惑う私に男は話を続けた。

「さあもう 《この世界は以前とは全く違うのです》 。何をするにも体が資本。ああ、これはお返ししましょう。」

ところどころの話が見えない。
だが大枠は彼の言うとおりだ。
このままどこかへ一人で旅立っても、何かを見つける前に倒れてしまいかねない。
それでは元も子もないのだ。
どこかを拠点にして、そこから探しに出るのでも構わない。

「ああ……大丈夫だ、忠告ありがとう。確かに疲れすぎているようだ。あなたの言うとおり、どこかで休むよ。」
「それは大変結構です。」

なりは奇態だが、まあ親切な御仁ではある。
さて、体を癒すといってもどこがいいか。
人と接触しなくてもすむような、どこか辺鄙なとこにしよう。

奇妙な二人は私の答えに満足したかのように歩き去ってしまった。








ファング、ヴァニラ……、待っていろ。すぐに元に戻してやる。

いつまでものん気にそんな所で眠らせてやらないからな。