やっと本来の客がやって来た。
コクーンでチョコボを診ていた獣医と、チョコボに着けさせる子供用の鞍を作っていた職人。
獣医はここに来てもらうのは2度目だが職人の方は初めてだ。

いままでコクーンのチョコボサイズのを単純に大きくしただけの鞍を使っていたのだが、やはりそれだけではパルスのチョコボの体に合わず、傷を作ることがしばしばあったので本格的に新しいものを作ることにしたのだ。

「随分お疲れのようですが………、それに人数も多い。」

総勢8人。
見たところ他の全員が助手という雰囲気ではないようだ。

「いやぁ、せっかくだから大平原を堪能しようと思って、あっちのノラの店から歩いてきたんですよ。」
「それで……。まずは一息つかれたらどうです?」
「ああ、すいませんがお言葉に甘えさせてもらいましょう。」
「他の皆さんもどうぞ。」

獣医が説明してくれたとこによると、彼と職人がそれぞれ一人づつ助手を連れ、後の四人はノラの者だという。
知った顔は無いが、向こうは私の事を知らないでもないようだ。
リーダーの妻の姉なのだから当たり前か。
彼らの方はさすがに疲れた顔をしているものはいなかった。
ノラのメンバーなら、たかが平原の端から端へ移動するくらいもう慣れたもんだろう。

「おお、こりゃぁ奥さん豪邸だねぇ。」

鞍つくりの職人が言い放った。

「おく……、いやまあ……。」

奥さん………。
仕方ない。
明らかに太っているならともかく、下腹だけぽっこり出ていたらそう言われても仕方ないんだ。当然だ。

だが!

納得できないぞ。
二人で並んでる所を想像しても、とても『奥さん』『旦那さん』という感じじゃあないだろうが。

なんだろう、この座りの悪さは。
元から結婚願望なんか無かったんだから誰が相手でも同じっちゃあ同じだろうに、それでも一応自分の中での結婚のイメージがあって、それとは今が違いすぎるからか?
実質夫婦に違いないとは認めたが他人からもそう思われるのには抵抗がある。
そもそも正式に結婚してはいないし。

「ふう〜、いや仕事で伺ったのにこの有様で申し訳ない。」
「それは構いませんが、そんな状態では帰りも大変では。」
「ああ、帰りはもうノラに迎えを頼みましたよ。甘く見てたつもりはなかったんですが……、また歩いては帰れそうにないですよ。ははは。」

まあそうだろう。

「しかしそれでは赤字でしょう。まあ、こんな所に来ること自体が赤字でしょうが。」
「赤字だなんて。投資ですよ、投資。」

投資というほど今後うちが利益をもたらしてやれるとは思えないが、平原見物は勉強にはなるかもな。
それにどうも他でチョコボを捕獲している所では、私のところほどうまく飼い慣らせてはいないらしい。
やはり『親愛の証』があるのが大きいのだろう。
スノウならいけるかもしれないが、あいつはそんなことやってる暇無いだろうし、ヲルバでは動物を飼うのに適してはいないしな。





「ああ、やっぱり骨も太いし背中の幅も広いな。採寸して型を作ってから合わせよう。」

いま使ってる急ごしらえの鞍は別の職人に作ってもらったもので、ここに来てもらったわけでもなく、だいたいの大きさを伝えて大人が乗れるようにしてもらっただけなので合わないのは当たり前なのだ。
裸で乗るよりはマシだったが、チョコボには無理をさせてしまったと思う。

「宜しくお願いします。」
「うははは。チョコボの鞍作りなんて好事家の道楽みたいなもんだったのに、実用的なものを作る日が来るなんてまあ、ほんとに世界は変わっちまったぁねぇ。」

笑いながら職人は応えたが語尾は少し悲しげだった。

「だけど奥さん、アイツらぁそのうち腹をつっつくようになるんじゃぁないのかい?」

職人は獣医の周りで暴れまくってるチョコボのヒナたちを指差した。

「そう……かもしれませんね。」

もうヒナなんて可愛いもんじゃない。
成体に比べればまだまだ小さいが、群れてはしゃいでるところはコクーンで飼われていた犬くらいなら蹴散らしてしまうだろうという勢いだ。
無邪気なだけに尚一層危険になってくるな。
この調子で大きくなれば、頭が私の腰くらいになるのも近そうだ。

「臨月には妹のところに身を寄せるつもりです。」
「ああ、それがいいや。ここは旦那さんにまかしてゆっくり養生したがいいよ。」

アレを見ても『旦那さん』といえるかわからないが、ここを任せられるくらいには成長してくれてはいる。
本当はホープがいなかった頃はノラの誰かに通ってもらうつもりでいたが、助かったといえばそうなのかな。

頼りにしている、なんて言ってやったら小躍りして喜ぶだろうか。
6人でいた頃は割りと素直にそう言っていたし、意外にもファングもよく『頼る』と口にしていたが……。

こういう関係になってから、かえって言いづらくなってしまった。
冗談ぽくならいくらでも言えるが真面目になんて今更言えない。
あんな子供にいつまでも意地悪に冷たくするのは大人気ないんだろうが………だが納得いかない。
いかないもんはいかないんだ。

「こらお前ら!先生をあんまり困らせるんじゃない!」
「ああっ、ファロンさんっ。すいませっっん、うわっ。」

ヒナたちは獣医に怯えてるのかと思ったら、どうやらからかって遊んでいるらしい。
ちびのくせに生意気な所は誰かさんそっくりだな。
子供ってのは怖いもの知らずで無鉄砲で困る。

「さすがパルス産は元気ですねえ。見たところ問題なく成長しているようですが……、ただ急にパルスのものとコクーンのものが接触すると、片方にとってなんでもない菌や寄生虫が、もう片方には悪さを始めるってことは充分考えられますからね。そこら辺は気をつけて観察しないとですねぇ。」

獣医は息を整えながら話した。
私も最近こいつらの相手は少々疲れる。
こんな時やっぱりホープがいてくれたら、と現金すぎることを考えてしまう。
よく考えれば私のこの有様の原因はホープなのだが。

「常備薬なんてものはまだ頂けないでしょうか?」
「うーん、塗り薬なんかだったらいいですけど、体内に入れるものはまだちょっとねぇ。」

おいそれと実験用にまわせる余りの個体など多くないだろうから、それは仕方ない。
こいつらの次世代待ちだな。
何だか少し世の中の役に立ってるような気がしてきた。

「ありゃぁ?ずいぶん早く迎えが来たな。」

そう言うのを聞いて平原を見やると、こちらに向かう車とバイクがあった。
まっすぐこちらに来るかと思えば、蛇行しながらゴルゴノプスを追い掛け回している。
迎えに来たというより狩りのついでに寄ってみた、みたいなノリだ。
まったく傭兵などといいながら遊び気分が抜けないな、あいつらは。

「師ーー匠ーーー!!」
「姐さーーん!!」
「あーねごーー!!」

いらんことを叫びながら近付いてくる。あのバカがリーダーなら子分共もお調子者のバカぞろいだ。
私より年上も多いのに私の事を姐御などと呼ぶ。ふざけてるんだ、このチョコボたちみたいに。

「まあ、今日は挨拶みたいなもんだから、また来るよ奥さん。」

ここへ何度も足を運んでもらうのは気が引けるが、これはどうしようもないことだ。

「ご足労かけます。」

それにしても此処にこんなにうじゃうじゃと人が集まるのは初めてだ。
そしてこんなに沢山人がいるのに何となく物足りない。

この足りない気持ちはまずいんじゃないのか。
いるべき人物がいないと落ち着かないという、あの感情が芽生えつつあるんじゃないのか。

そんな莫迦な。

………莫迦かもしれない。

タイミング良くというか悪くというか、ちょうど一足遅れでホープが帰ってきた。
ノラの中に知り合いでもいたのか、家には入らず何か話をしている。

「うーん?あのちびっこいのもノラのやつかぁ?」
「いや、あれは……その……。」

職人の疑問に答えようとしたが何と言っていいか分からなかった。

「うん?」

彼は私の顔を見てからウシシと笑った。

「あーりゃぁかわいい『旦那さん』かい?」

……まだ言うか。
答えにくい事には無視を決め込むに限る。
だが彼はそんなのおかまい無しだった。

「じゃー奥さん!また来るから!体に気ぃつけてな!!!」

響きわたる大声。
みんながこっちを振り向く。
その中でホープもポカンとした顔をこちらに向けていた。


誰が。
誰が……。

「誰が奥さんだ。」

私は誰にも聞こえないよう小さく呟いた。