「で?そのまま毎晩いちゃこらしてるってわけかよ。」
「……まあ、そうなるな。」

いちゃこら……、まあ言わんとしていることは分かるがそんなに楽しい雰囲気ではない。
このアフロの男には行き掛かり上知らせておくべきかと思って連絡を入れたのだが、あまり歓迎されるのもどうかと思う。

「ふふーん、お前さんもようやっと女の幸せを手に入れたわけだ。こりゃお祝いしねえとな。」
「気遣いは無用だ。」
「えーんりょすんな、人の厚意は素直に受け取れよ。とっておきを送ってやるから楽しみに待ってろ〜。」

人の世話などしてないで自分のことを考えろと言おうと思ったが、余計に傷口を広げそうな気がしてやめた。
人の心の傷が癒えるのに充分な時間、というのがどれくらいのものかは分からない。
それは人それぞれなのだろうが、いつも明るく振舞っている者ほど1人になった時の落ち込みは激しいという。

彼こそ、そういうタイプなのではないか。

子供の心配をするのは当然だから世間から受け入れられるが、一種の逃避行の道連れだった若い女を失って落ち込む姿というのは他人には見られたくないものだろう。
だから本当の気持ちを隠してる………、そう見える。

こんな心配こそ、余計なお世話だと言うかもしれない。
それに私の父母が他界していることを気遣ってくれて、親代わりに何かと面倒見ようという気でいるのかもな。

親ならまず説教からしそうなもんだが。


親といえば、ホープの父親に会わないままというわけにはいかないだろうな。
一体どんな顔して会えばいいのか。
会ってもどんな話をすればいいのかさっぱりわからない。

《息子さんについて………、責任をとります。》?

違うな。

《息子さんを頂いてしまって……。》

これではいかがわしい意味に聞こえてしまう。
実際そうなんだが。
しかし、下さいなどと言うのはもっと違う気がする。

第一、どこに会いに行けばいいのか。連絡先すら知らないのに。
ホープに聞いたりしたら、挨拶に行く気になってくれたと誤解しそうだ。
いやその通りではあるのだが、積極的にそうしたいわけではなく止むにやまれず会うのであって………。

なんで私がこんなに悩まなければいけないんだか。

だが明らかな体の変化がある以上、秘密の関係にしておくことは出来ない。
ホープの学校にだって住所変更の届出くらいはさせなければいけないだろうし、私の方だって妹にこのまま黙っているのは難しい。

セラは……どんな顔をするだろう。
妹が連れてきた男に散々文句を言っておいて、姉が連れてきた男があれでは納得いかないだろうな。
気が重いな。





いずれきちんとしなければと思いつつ踏ん切りがつかないでいると、セラの方から連絡を入れてきた。
久し振りだ。
少し前までは頻繁にここを訪ねてきていたが、忙しくなったといって顔を出さなくなっていて、ちょうどホープと入れ替わりになった。
それゆえ、2人はまだ私に繋がるものとしては会っていない。

会わせるか………。

少しずるいが、セラが野菜を取りに来いというので、ホープが行くとは告げずに代わりの者を向かわせるとだけ伝えた。
ちょうど珍しくここへ来客がある日があったので、わざとその日に設定して自分が行けない理由を作るという小細工までしてしまった。
そこまでしなくとも、ホープにただ行って来てくれと言えばすむ事なんだが。

それにしても届けに来るのではなく、取りに来るように言うということはよほど忙しいらしい。
以前は妊婦がこんなところで1人で暮らすなと煩かったのに、いきなりそっけなくなった。
人妻になったら姉どころではないのだろうが、少し淋しいな。
こうやって姉妹や兄弟、既にいないが親と子も離れていくんだろうか。

セラには伴侶という新しい家族が。
私には………、私には伴侶よりまず子供だな。








「じゃあライトさん、セラさんに言伝とかあります?」
「いや、特に無い。」
「こっちは手ぶらでいいんでしょうか?」
「ああそうだ、これを持って行け。」
「これは………球根ですか?」
「ああ、ここには何も無いし花なら喜ぶかと思ったが、学校に行くお前に切花を持たせたら邪魔だろう?」
「ライトさんが採取してきたんですか?意外とこういうの分かるんですね。」
「お前私を莫迦にしてるだろう。ここらの植生の調査ぐらいしてるぞ。」
「いえ、莫迦になんて……。あっと、じゃあ行ってきます。」
「気をつけてな。」

あの小さな肩。
幼い後姿。
こうやって学校へ送り出すと、まるで母親の予行演習のようだ。
決して夫を送り出す妻の気持ちでは無い。
どう見たって夫が出来たというより大きな子供が出来たというのが相応しい。
それでも一緒に寝て子供まで出来てるなんて―――。
自分の人生の脱線具合に思わず笑いが込み上げてきた。

笑える、ってことは余裕が出てきたのか慣れてきたのか。
妊娠の状態がそういう時期になってきたのかも知れない。

母が生きていてくれたら………。
母親と話をしてみたかったな。
そうしたら今の私は居ないのだろうがな。

ホープも、母親が生きていたらルシになることなど無く私とも出会わず…………、するとこの子も居ないわけだ。
誰かが死ぬことによって出来た命。
現在を肯定するなら過去も肯定しなければならない。
あれでよかったのだと。
だから今も、これでいいのだと。






セキュリティが来訪者を告げた。
来客は午後のはずだったが…………。

「すいませ〜ん。お荷物があるんですけど、そちらに飛空艇つけてもよろしいですか〜?」
「すまないが着陸出来る程のスペースはないんだ。」
「あ〜、たぶん大丈夫だと思います〜。」

のん気な物言いは飛空艇乗りの共通の気質なんだろうか。サッズを思い浮かべさせる。
と思ったらサッズからの荷物だという。
この前お祝いをすると言っていたからそれだろうが……。
素早い。というか、最初から用意してたんじゃないか?

私の危惧をよそに、飛空艇はみごとに崖ぎりぎりのところで着陸した。

「あの〜、大きいものなんですけどー、どっから入れればいいですかね?」
「大きいもの?」
「あー、ベッドですねー。」

ベッド………。
あいつ……、やれと言わんばかりじゃないか。
結婚披露宴で下品なことを言い出す親戚のオヤジみたいだ。
ちょっとでもサッズの優しさに心打たれた自分がバカだった。こっちが恥ずかしくなる。

「脇へ回ってくれ、いまそちらを開ける。」

普段は使っていないエレベーター脇の搬入口を開けてやった。

確かに、今のベッドでは狭いと思っていた。
新しいのが欲しかったのは事実だ。
だがこれは。

サッズが送って寄越したのは真っ赤なアンティーク調のクィーンズベッド。
ヘッドボードがまるで貝か花びらのように大きく立ち上がっていて、両サイドにまで回りこんでいる。
立ち上がった部分も赤いクッションが張られていて、優美な曲線を描いていた。

まったく、何処からこんなものを見つけ出してきたのやら………。

「あ〜、細かいのもあるんですよ。それと配給品ですね〜。」
「うちは配給は断っているのだが。」

ここには当分暮らしに困らないだけのものが揃っている。
貴重な物資を頂くのは気が引ける

「でもこれは全ての妊婦さんに行き渡るように、ってことなんで……。」
「……じゃあ、もらおう。」

妊婦さん………か。
軍人さんから妊婦さんにと、物凄く変わったような気がするのに、女なんだから当たり前でもあるのが不思議だ。

「こんな辺鄙な所まで配送してくれるとはな。割に合わないのでは?」
「いや〜、若いのを連れて教習を兼ねて来てますから〜。」

そう言うこの人物も私とそれほど変わらないようだが、更に若い者を教育してるのか。
ふふ、いずこも同じ……だな。
私もホープやノラの若者達を鍛えてきたのだから。

「じゃ〜ここにサインを頂いて……、ほんじゃ失礼しまーす。」
「ごくろうさま。」



サッズがくれた箱の中身はなんだろう。私のとホープのと2箱ある。
さして重くは無い。
また子供用品かな?こういう所は子持ちの知識が反映されて助かる。

箱を開けるとカードが入っていた。

【おう、ねぇちゃん!内緒のつてで手に入れた貴重品だ。ちょっとぽっこりなくらい問題ない。ホープを喜ばせてやれよ!】

カードの下には………なんだこれは。

フリルのエプロン?

その他は……。

『お散歩セット 首輪&鎖』
『お散歩セット 猫耳&しっぽ(ワイヤ入り)』
『お散歩セット 犬垂れ耳&しっぽ(ストレート)』
『体に優しいラメ入りきらきらローション』
『圧縮コスプレセット レースクィーン』
『圧縮コスプレセット バニーガール』
『圧縮………』



………………。


「あンの、エロオヤジ!!!」



私は誰も居ない家で1人で叫んだ。