「あれ………、きらきらして綺麗ね。」

思わず「貴女の方がきれいです」と言ってしまいそうになった。

決して浮気心なんかじゃあない。
それほど……、それほどまでに “きれいな子” だった。

前にヲルバ郷に来たときに、僕たちの方に手を振っていた子。
目の眩むようなきれいな子だけど、漂う異質感は否めない。

「あれ?ああ……コクーンですか。確かにきれいだけど、悲しい輝きですね。」
「悲しいの……?あなたも。」

そんなの愚問だ。

「あれを見て、悲しくない人なんていないでしょ。あなたは違うんですか?」

違うのかもしれない。
表情に悲しそうな翳を見つけることが出来ないから。

「今の暮らしも悲しい?」

質問に質問で返された。答えてないし。

「暮らしは……悲しくなんてないです。」

むしろ楽しい。
好きな人と暮らして、あんなことやこんなことが………。
あ、いやいや今はそんなことを思い出してていい状況じゃない。

真っ昼間から人前で何を考えてるんだ僕は。
そうじゃなくて、もっとこう・・・、なんて言えばいいんだ。
これじゃまるでそのことばっかり考えて生活してるみたいじゃないか。

意味無くうろたえている僕に呆れたのか、端から僕に答えなんか求めていなかったのか話は続けられた。

「楽しいといいな。私が来たせいでこの世界変わっちゃったから。」

え…?
ああ、ずいぶんと自惚れた発言だ。

僕がそう思ったのにはちゃんと訳がある。

僕がヲルバを訪れたあの日にマーキーを興奮させてた『すごい話』。
あの時は話を聞かずに帰ってしまったが後から聞いたところによると、パルスの機械の完全な制御に成功したということだった。

確かにすごい話だ。

コクーンに居たときは、ただ破壊するしか放置するしかなかったのに、ここにきて急にコントロールできるようになるなんて。

もっとも、コクーンでパルスの機械に手を出すことが出来なかったのは、コクーンのファルシのせいかもしれない。
人間たちが余計な力を手に入れないように画策していたことは容易に想像できる。

コクーンにいる間、僕たちはパルスに関わるものについて何も知らなかったし、知ろうとする努力も出来なかった。
だから大勢の人がパルスに降りたいま、研究が一気に進んで制御可能になった、そういう理屈は分かる。

ただ話はそういうことなんだけど、その研究を一気に進めた―――のがこの女の子。
そしてあともう一人、ルネというマーキーたちと同じ孤児院にいた子らしい。

プログラム言語の解読は、ほとんどこの子がやってのけたそうだ。
パルスの機械以前に、パルスの文字も誰も分からなかったのに。

すごい天才少女―――。

そんな言葉で片付けていいんだろうか。
どうもなぜかもっと恐ろしいもののような気がして仕方がない。



「確かに、パルスの機械が使えるようになったおかげで生活がぐっと向上しましたよ。機械なんて 1 から作るより、元からあったものを流用する方がはるかに楽ですからね。みんな感謝してますよ、きっと。」

「うん、だから…………あれ貰って帰っていい?」

あれ?って?

「はあ?」

もしかしてコクーンのことか?
あれを持ち帰るって、何を言ってるんだ。

なんとかと天才は紙一重っていうけど、ひょっとしてあんまり会話したらいけない類の人だったのか。
もうだいぶ話してしまった。

「持って帰るって、中に人もいるのに………。」

我ながらそういう問題じゃないと思う。

「中に人が居なくなればいいの?」

だからそういう問題じゃないだろう。

「まあ、いいんじゃないんですか。きれいで故郷でも、もう危なっかしいだけの存在だし、あれ見てるとみんな吹っ切れないでしょ。」

「そう………。」

「だけど、中で活動してる人だけじゃなくて、クリスタルの柱になってあれを支えてる女の人がいるんです。その2人も無事に帰ってくるのでなくちゃ、無くなっていいとは思えませんけどね。」

こんなこと説明するまでもない皆知っているはずのこと。
なんとなく………あらためて教えないといけないような気がした。

「じゃあ、ちょっと考えてみようかな。」

……!

どきっとした。
それだけじゃない、軽く鳥肌が立っている。

まさか………、出来てしまうのか?

僕たちが望んでやまない願いが、この不思議な女の子によって叶えられる………?

まさか。
この子の言っていることは“飛んで”いる。

大体あれを持ち帰るって、何処に置くんだあんなもの。
そんなに広い家なのか。

そんなわけない。
そんなことあるわけない。

だからこの子はまともに話をしちゃだめな子なんだ。

見てもだめ。
きれいすぎて怖い。

「よく……、考えて置いてください………。」

考えたって意味ないだろう。

「うん、じゃあ……またね。」

また?
いや、もう結構っていう気持ちでいっぱいだけど。

僕は思わず下を向いた。
視線をそらした一瞬のうちに、どこかへ消えてしまうんじゃないかと思ったからだ。

それなら。
そうしたら、この子はもしかして神様の類なんじゃないかと、それなら何でも可能になるんじゃないかと、お伽話に出てくるような展開を夢想していた。


だがもちろんそんなことはなく、戻した視界の先にあるのは、野卑な世界には不釣合いなほど優雅に歩いていく後姿だった。


それでもまだ、妖精みたいだ、なんて思っていたんだけれど。