おお…。おおお……。
あの黄金の輝き。
あれが神でなくてなんだというのか。
光っている。
輝いている。
これが導きでなくてなんなのだ。
私はついに、彼方へ飛び去ってしまわんとするあの輝きに追いついた。
だがそこで急に冷静になる。
これが神であったとして、一体どうしようというのか。
目の前で輝きを放つ黄金の塊。
その姿は、頭や手や足があり人間のような形をしている。
頭部は馬鹿馬鹿しいほど巨大で、その割りには小さな顔。
金属質なその体躯は、ファルシではないかと言われれば否定しにくい。
それでも何故か、それは違うと思った。
追いかけ、追いついて、近くまできた。
他に何も無いのだ。
誰も居ない。
置いて行かれるのは嫌だった。
初めて孤独を恐ろしいと感じた。
だから……必死でここまできた。
止まってはいない。
進み続けている。
どこに向かっているのか、特にこちらに注意を払う様子はない。
私は声をかけるべきか黙って付いていくべきか迷った。
声をかけるとして、なんと言えばよいのか。
面と向かって「あなたは神なのか」と聞くのか?
滑稽だ。
それに「神だ」などと答えられでもしたら茶番にしか見えない。
おかしなものだ。
おのれは根拠なく相手を『神』ではないかと思い込み、しかるに相手に肯定されても受け入れられないとは。
これがただの私の想像の話だというのが更におかしい。
本物の神の姿など知らない。
知らずに探していたのだ。
探そうなどとも考えずに。
ただそうするように造られていたから。
ただただ探していた。
結果など想像しなかった。
その目的である神が。
居るのか?
いま目の前に。
どうやって確かめる?
声を。
声をかけろ。
あなたは神ですか、と。
馬鹿馬鹿しくともだ。
「あ、あの……。」
およそ自分のものの言い方とは思えない。
「あ、あなたは……。」
本当に言うのか。
「か…」
神なのか―――。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。」
「はあ?」
呼ばれて飛び出て?
呼んでない。
声の主は見たことある人間だった。
だが人間かどうかはわからない。
こんなところに人間が居るものか。
「あなたは先ほどの……。」
通りすがりと言っていたか。
神の犬だとも。
さっきもそうだったが、唐突に出現するのは何故だ。
どこから出てくる?
さっき?
あれからどれくらい経ったろう。
夢中で追いかけて。
「あ、忘れ物。あんたに用があったんだ。」
「わ、私に用?」
「これにあんたのサイン欲しいんだわ。」
「サイン?」
疑問ばかりだ。
この何にも無い世界でサインだと?
大体これは……警備軍ボーダム治安連隊への指示書?
何で今頃こんなもの。
もう軍も何もないだろうに。
「あー、疑問はもっともだネェ。」
まだ何も言っていない。
「アンタここは何処かって聞いたろ?」
そうだ。そして私の知らない世界だと答えられた。
「ここはね、何処でもないんだよ。何処でもないし何時でもない。」
「それは……。」
どこかでそんな場所の話を聞いた気がする。
もしかして。
「あんたの想像するようなのとは違うね。」
そ、そうなのか。
「ここはなんにも無いなんでもアリの場所。」
「何でも有り?」
いつの間にか静止している。だが、そも本当に先程まで移動していたのかどうか自信が持てなかった。
自分の感覚が信用できない。
この女の言っていることも。
怪しい。
怪しすぎる。
そう思いつつ何故か引き込まれてしまう。
ペースを乱される。
挙句、敬語を使ってしまったぞ。
どうなっている。
乱される。何もかも。めちゃくちゃにされる。全てのものが。
あの時もそうだった。計画通りのはずだったのに。人間めが。
そうだ、人間のせいだ。
こいつも。
こいつもこいつもこいつもこいつもこいつも。
「ぅお、おのれ人間風情が!訳の分からない御託を並べおって、我を混乱させようというのか!」
ええい!たかが!たかが動物ではないか!
貴様などに、貴様らなどに!
あああ、これ以上勝手なまねはさせぬぞ!
いまここで呪われた身に変えてくれようか!さあ、どうする!
「なにいきなり壊れてるのさ。あっ、機械だから叩けば直るかな?」
「貴様!我をただの機械と一緒にするな!我は、我は……!」
「ただの機械でいたくないの?」
誰だ。
透き通るような女の声。まだ少女のような。
「なっ、我は…、私はただの機械なんかでは……。」
声は黄金の像から発せられていた。
大きな頭部やいかつい肩、下部にいくにつれて太くなる足をしていて、全体的には無骨なイメージであるのに意外だ。
だが、それもそのはず、声の主はこの像ではなかったのだ。
巨大な頭部の前面に嵌め込まれていた、エメラルドの蓋が開いた。
ただの装飾だと思っていたそれはハッチだったらしい。
中から妖精が出てきた。
妖精としか思えなかった。
あの人間たちの考え出した架空の生き物。
それしか似たものが思いつかない。
華奢で可憐で…、人形が動いているようにも見えた。
これなら言える。
これなら聞ける。
「あ、あなたは…、か、神であらせられるのか。もしや、女神エトロ?」
「ううん、違うよ。」
な……、そんな。
今度こそ本当だと、ついに会えたのだと思ったのに。
結局どうあろうとも失敗は失敗なのか。
「では、あなたは一体……?」
「私……、そう、私の名前はギヒラキシスファナティックアマテラスグリエス。」
「えっ?ギヒ、え?」
そんな長ったらしい名前いちいち呼べるものか。
「あー、コホン。真に受けるな。あれで呼ばなくていいから。」
「なんと御呼びすればいいので?」
「ああ?姫様とでも呼んどけ。」
正体も判らないのになんだこの会話は。
「それでその、あの方は一体……?」
「あっ、女神なのは合ってるんだっけ。」
「これだよ、さすがあのボケの妻。いや合体して本人になったのか。んで、また分裂して半分がここにいるのか?ややこしいな。」
何の話だ。なんなのだ。
「さっき言ったろ。ここは何でもありなんだよ。だからこうやって他の神話の女神が現れたり、時間がごっちゃになったり、他にも白い顔の悪魔や黒衣の魔人が来るかもしれないし、……ああ、ほらあそこにも。」
あそこ?
指された方を見る。
はるか彼方に六臂の怪物が見えた。ああいうシ骸なら見知っているが違うのか。
「さまよえるオランダ人、じゃなかった。次元をさまよう、なんだっけあいつ、まあいいや。」
いいのか。
なんでもありなら、何でもいいのか。
それならば、叶えてくれ。
本当に女神だというなら。
だが何をどうしたいのか私自身が見失っている。
「あんたの名前は何だっけ。」
「わた、私の名前は。」
「あっ、知ってる。バルたんだよね?」
バルタン?最初の二文字しか合ってない。
「だはははは!あんたこれからバルタン星人って名乗りな!」
バルタン=セイジン?
どういう意味だろう。しかし名前などどうでもよい。
「でさ、あんた。アタシはこれからこのエクレールってお嬢ちゃんを鍛え上げに行くからさ、早くサインしな。」
これから―――。
時間がごっちゃになると―――。
「ごめんね、たぶん何もかもめちゃくちゃになっちゃうの。でも……、私が来ない世界でもそうなったかもね。」
「一体あなたは、どうされようというのか。」
妖精が、いや女神が私に微笑みかけた。
輝いて見えた。
そして私はすっかり信じていることに気づく。
女神だということを。
見たことの無い創造主よりも、目の前のものにすがりたい。
「あのキラキラしたのを持って帰るのよ。」
いつのまにか眼前にはクリスタル化したコクーンがせまっていた。